16、湖上の街ワタガシ 〜水色の守護獣シャイン
「はよ、はよ、早く行くのじゃ」
店の三階にある僕の家から、狼の姿で眠っている息子のシャインを抱きかかえて店に戻ってくると、猫耳の少女がソワソワとしていた。
「ティア様、まだ10分も経ってませんよ?」
「早くせねば、うるさい奴に気付かれるのじゃ」
手を振り回して謎の威嚇をする猫耳の少女に、アプルゴルド星の魔帝クラリス・ロールさんは、やわらかな笑みを向けている。いつもの怪しいデレデレ笑顔ではない。彼女は、もう、旅行客気分が抜けているみたいだな。
「ティアちゃん、女神様に叱られちゃうでしょ? 気持ちは嬉しいけど、ちゃんと女神様にお許しをもらってからの方がいいわ」
クラリスさんは、猫耳の少女のことを女神イロハカルティア様の飼い猫だと思ってるんだよね。
女神代行のナタリーさんは、地底では昔から女神と呼ばれている。女神イロハカルティア様は、大魔王との複雑な関係もあって、基本的には地底に行かないようにしているらしい。だからずっと、ナタリーさんが女神代行をしているそうだ。
この街でも魔族は、ナタリーさんを女神と呼ぶ。そのため、旅行客はナタリーさんが女神様だと信じてしまうんだと思う。それに、ティア様をナタリーさんが叱る現場を目撃した人も少なくないだろう。こういう情報から広がった噂は、消えないんだよね。
「妾は行くのじゃ! クマはまだか? 遅いのじゃ」
バタバタと暴れる猫耳の少女とは真逆で、赤いワンピースのチビっ子はおとなしい。頭の上の花がピコピコとせわしなく動いている。魔王サラドラさんは、いま念話に忙しいらしい。
彼女は、地底の魔族の国では、放送局だとも言われている。情報を発信し拡散する能力が高いんだ。最古の魔王だから、影響力が強いのだと思う。
(何の話だろう?)
魔王サラドラさんが、魔族の国を離れるということを知らせているのかな。だが、そんなことをすると、攻め込まれ……ないか。僕が支配権を持つワープワーム達が、魔王サラドラさんの領地に棲んでいるもんな。
僕は、シャインに持たせる弁当を作り始めた。シャインは育ち盛りだから、食欲が凄いんだよな。かなり偏食なのは母親のアトラ様に似たのかもしれない。アプルゴルド星で、シャインが食べられる物がないと困るからね。
肉の焼ける匂いに、ソファ席で爆睡していたシャインが目を覚ました。
「わっ、ひっ、えっ?」
目の前にいた大きな獣人の彼女を見て、シャインは怯えた表情をしている。基本的に臆病なんだよね。まぁ、種族的にまだ赤ん坊だもんな。人間でいえば、まだ1歳にも満たないと思う。
「あら、ごめんなさい。水色の綺麗な狼さんだなと思って、つい見ちゃってたわ。私は、ティアちゃんのお友達のクラリス・ロールよ。クラちゃんって呼んでね」
これも、旅行客に多い自己紹介だ。この街の子供には、ティア様の名前を出せば警戒されないと思ってるんだよね。だけど、シャインには逆効果なんだけど。
「ひっ、ティアちゃんの……あぅ」
「あら、キミは、ティアちゃんとは遊ばないの?」
「ティアちゃんは、すぐに怒るから怖いです」
シャインは、しょっちゅう猫耳の少女に泣かされてるもんな。女神様の言葉はキツイから、シャインには怒っていると聞こえるらしい。
「あらあら、ティアちゃんは良い子よ? あぁ、そっか。ティアちゃんは猫ちゃんだから、キミとは種族的に合わないのかな」
彼女にそう尋ねられて、水色の狼は、首を傾げている。シャインは、難しい話はまだわからないんだよね。
「シャイン、これから、クラちゃんの星に行商に行くよ。売り子を手伝ってくれる?」
僕が手伝いという言葉を使うと、水色の狼は嬉しそうに尻尾を振っている。シャインは、人から頼られることをめちゃくちゃ喜ぶ。この街の学校に長く通っているけど、シャインは失敗が多いから、先生に頼られることが少ないからかな。いつもオドオドしてるんだよね。
「はい! えっ? クラちゃんの星? 父さん、他の星に行商に行くのですか」
「うん、ベアトスさんも一緒に行くよ。アプルゴルド星という鉱山のたくさんある星なんだ。大きな獣人さんが住んでいるよ」
「クラちゃんみたいな大きな獣人さん?」
水色の狼の視線が向くと、クラリスさんは、ふわりと優しい笑顔を浮かべた。
「アプルゴルド星は、私のような獣人と呼ばれる種族と物質系の種族しかいないの。イロハカルティア星には、いろいろな種族がいるよね」
「物質系の種族って何ですか」
「ん〜、説明が難しいわね。この星では会ったことないから……。でも、物質系の種族は、数は少ないの。神アプルゴルド様とその一族だけよ」
「神様の種族なんですね。すごいな」
水色の狼は、目を輝かせている。シャインは知らないことを聞くと、こんな顔をする。だけど、すぐに忘れてしまうんだけどね。脳がまだ未熟なのか、すぐに忘れるのは子供の守護獣に共通する特徴だ。
「シャイン、出掛ける用意はいいかな? いつもの帽子は、僕が持ってきたけど」
僕は、モコモコな帽子を見せた。これは、ベアトスさんが作ってくれた魔道具だ。シャインが人の姿になったときにかぶることで、うっかり狼に戻らないようになっている。
僕とアトラ様にしか、着脱はできない仕様になっているから、シャインは、帽子の中にいろいろな物を収納する癖がある。今も、いろいろな彼の宝物が詰まっているようだ。
「はい、あとは魔法袋が……」
「今、お弁当を作っているよ。お弁当をたくさん詰めて渡すよ」
「はい!」
水色の狼は、ソファ席からピョンと飛び降りると、人の姿に変わった。5〜6歳に見える水色の髪の獣人の男の子だ。
「帽子をかぶっておく?」
「はい!」
カウンター席へ駆け寄ってきたシャインに帽子をかぶせると、シャインは帽子に手を突っ込んで何かゴソゴソし始めた。中身の確認だろうか。
きゅるる〜
(ふふっ、お腹が空いたかな)
僕は、作っていた大量のバーガーを2つ、そしてイーシア湖の水をシャインの前に置いた。
「味見してみる?」
「はい! いただきます」
シャインは、目を輝かせて、大きなバーガーにかぶりついた。風魔法で冷ましたつもりだったけど、ちょっと熱かったのか、慌てて水を飲んでいる。
アトラ様もだけど、シャインも熱い食べ物に弱いんだ。人肌くらいまで冷めないと食べられない。水や氷属性だからかな。
妻の妹ケトラ様は、熱い物も平気だ。彼女は火属性だからだと思う。そういえば、最近はケトラ様の姿を見てないな。
ケトラ様は、ハデナ火山を守る守護獣だ。人の姿だと赤い髪で10〜12歳くらいに見える女の子なんだ。服装によって見た目が大きく変わる。実年齢は、800歳くらいだっけ? 長寿な守護獣は、800歳でも子供なのだそうだ。
ちなみに、妻のアトラ様は2100歳くらい。見た目は20歳くらいに見えるんだけどね。守護獣は人間の100倍以上生きるから、成長は100分の1のペースなのかな。
「おっ、夜中なのに、シャインくんが起きただか。ティアちゃんが騒がしいからだな」
シャインが二つ目のバーガーを食べ終わり、僕に熱い視線を送っていたとき、ベアトスさんが店に戻ってきた。
僕は、シャインに三つ目のバーガーを渡し、ベアトスさんの方に笑顔を向けた。
(察したかな?)
「あぁ、食べ物で起こしただな」
「ふふっ、それ以外に夜中に起きることはないですからね」
ベアトスさんは、服を着替えていた。背中にはリュックを背負い、腰には魔法袋をいくつも装備している。完全に採掘モードだね。
彼の魔法袋のどれかは、魔人レイだと思う。リュックくんと同じく気配を消しているようだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「妾も行くのじゃ! まだバレておらぬ。早く行くのじゃ」
猫耳の少女は、扉の方へとタタタと駆け寄っていく。
(せっかちだな)
僕がシャインに弁当の魔法袋を渡すと、シャインは、ニッコニコな笑顔を浮かべた。ふふっ、かわいい。
(あっ……あはは)
旅行客スイッチが切れていたはずのクラリスさんは、シャインを見て、デレデレでトロトロな怪しい笑みを浮かべていた。




