15、湖上の街ワタガシ 〜魔道具から進化した魔人
「どうしましょう? 可愛い二人がアプルゴルド星に来てくれるのは、とても嬉しいのだけど……」
アプルゴルド星の魔帝クラリス・ロールさんは、デレデレのトロトロな表情のまま、僕の方に視線を移した。ワープワームが運べるのかを気にしているのかな。
たぶん、女神様だけじゃなく魔王サラドラさんも、アプルゴルド星の状況は、わかっているのだと思う。戦闘狂のサラドラさんは、宇宙海賊を蹴散らしたいのだろうな。女神様は……なぜ、来たんだ?
「移動なら、お子ちゃま二人が増えても問題ないですけど、ティア様もサラドラさんも、行商の手伝いをしてくれるんですか?」
(こう言えば、ぷんすか怒って……)
「妾は、お手伝いをするのじゃ。ライト、ちゃんと給料はくれるのじゃろうな?」
(あれ? ご機嫌だ)
猫耳の少女は、手をひらひらさせて、好戦的にも見える笑みを浮かべている。そうか、女神様は今また、ナタリーさんに小遣い制にされてるのかな。
女神様はお金を持つと、子供達とパァーッと使ってしまうんだよね。店を貸切にしてご飯を食べさせることが多いみたいだ。
もちろん、それも大事なことだ。すべての子供達には可能性があると考える女神様は、食べられなくて死んでしまう子を減らそうとしている。
ただ、女神様は調子に乗って湯水の如く使うから、ナタリーさんがたまに引き締めているんだ。これも、子供達への大切な教育になっていると思う。
この街では、女神様が中心となって、働かないと食べられないことを教えてる。魔族は特に、労働の対価としてお金を得ることが、理解できてない人が多い。欲しいものは強奪すれば良いという考えが、まだまだ主力かもしれない。
「ティア様、きちんと仕事してくださるなら、給料はお支払いしますよ」
「ギルドは通さずに、こっそりじゃぞ?」
(皆、聞いてるよ?)
「はい、ギルドは通しませんよ」
「ふむ、それなら安心じゃ。皆の者、ライトの言葉の証人じゃぞ!?」
猫耳に少女にそう言われて、店員さん達は苦笑いだよ。
そんな女神様のことをチラ見しつつも、赤いワンピースのチビっ子は、腰を手に当てて仁王立ちだ。魔王サラドラさんは、お金には困ってないよね。
「クマちゃん! あたしにも給料くれるのっ? 護衛してあげるんだよっ」
突然、話を振られてベアトスさんは、目をぱちくりさせている。僕も驚いたけど、たぶんこれはただの対抗心だな。
「サラドラさんに給料だか? いや、俺の護衛ならレイがいるだよ」
「あんな男か女かわかんない魔人は、役に立たないでしょっ。あたしより弱いよ?」
ベアトスさんにも、仕える魔人がいる。僕の場合は、魔道具『リュック』が魔人に進化したけど、ベアトスさんの場合は、巨大な魔法袋が魔人に進化したんだ。
基本的に魔道具から進化する魔人は、主人の欠点を補うように成長するから、主人が弱ければ弱い方が、魔人は強く育つんだ。
ベアトスさんは戦闘力は低いけど、ベアトスさんの『リュック』は鉱物系の錬金をするから、彼自身は弱くても防御のための能力は高い。だから彼の魔人レイは、普通にまぁまぁ強いと思う。ほとんどの魔王よりも強いんじゃないかな。
僕の場合は、死体に宿し命だから、戦闘力も体力もとても低かった。この身体はイーシアの民『ライト』のものだ。『ライト』が流行り病で死んで、僕の魂がその身体に入ったんだ。
そして『ライト』は、今も僕の身体の中で生きている。彼はほとんど眠っている状態なんだけど、この身体には『ライト』と僕が共存しているんだ。
だから僕は、霊体化ができる。でも、強いリッチとかじゃなくて、青い綿菓子みたいな死霊の姿になるんだ。この街の名前がワタガシなのは、そのためなんだよね。
僕がこの世界に転生して来たとき、女神様は、僕には歪な能力を与えていた。僕を守るためだったらしいけど、ほとんど戦えない回復特化の神族だと言われていた。
そのため、僕の魔道具『リュック』は、とんでもなく強い魔人に進化した。それと、僕がずっとリュックくんと呼びかけていたせいで、魔道具『リュック』は、男の性別だけを持つ魔人になってしまったんだ。
ほとんどの魔人には、性別はない。ベアトスさんの魔人レイも、サキュバスのような妖しい女性の姿をしていたり、無愛想な黒髪の男性の姿をしていたり、気分によってコロコロ変わる。
リュックくんは、性別を変えられないから、余計に強くなったのかもしれない。魔道具からの魔人への進化は、バランスに支配される。リュックくんは、ひとつの大切な性質が欠落しているからな。
「ライトさん、この二人が来ると、商売の邪魔をされるだよ」
(僕もそう思う)
ベアトスさんの意見に僕も賛成だ。だけど、アプルゴルド星なら、子供の方が商売しやすいんじゃないかな?
チラッとクラリスさんの方を見て、僕は確信した。アプルゴルド星では、小さな種族には優しいと思う。
「ベアトスさん、売り子として、息子のシャインを連れて行きますよ。獣人だから、アプルゴルド星では受け入れてもらえると思うんで」
「おぉ、そうだな。シャインくんなら適任だよ。ライトさんがあの二人に振り回されても、シャインくんがきちんと店番をしてくれるだ」
(そんなことを言うと、ぷんすかと……)
「のわ!? シャインを連れて行くのか? シャインはすぐに泣くのじゃ。でも、ライトの方がもっと泣いておったのじゃ」
(ちょ、女神様!)
僕が赤ん坊に生まれ変わったときのことを、最近はネタにし始めたんだよな。
「それは、猫ちゃんが悪いのよっ! 絶対に登れない階段に引っ張っていったら、べちゃりと転んで泣くに決まってるわっ」
(なぜ、知ってるんだ?)
だが、赤いワンピースのチビっ子の指摘は、華麗にスルーされている。猫耳の少女は、聞こえないフリをしているようだ。
(はぁ、疲れる)
『ライト、早目に行く方がいいぜ』
(うん? リュックくん?)
左肩に黒い小さなカバンが戻ってきた。今のリュックくんの魔道具『リュック』の姿だ。小さなポーチのようなサイズだ。小さくなるのは難しいことだと自慢していたっけ。
『オレは、その時が来るまで気配を消しておくからな』
(その時って何?)
『おまえは知らなくいいんだよ。シャインは絶対に連れて行けよ。アプルゴルド星は、背の低い宇宙海賊は、やりたい放題だぜ。チビがいれば、みんなは一番チビに味方するからな』
(リュックくん、全然わかんないんだけど)
『すぐに行こうぜ!』
(いやいや、シャインは寝てるよ? それに、女神様も魔王サラドラさんも、チビじゃん)
『おまえなー。偽物の獣人と戦闘狂だぜ? それに二人とも、ちょーうぜぇババァじゃねーか。可愛いワンコじゃなきゃ、意味ねーんだよ』
(シャインは、ワンコじゃなくて狼だよ? タイガさんの口癖が移ってるよね。変なとこばかり真似しちゃダメだよ)
『はぁ? いつまでオレのことをガキ扱いしてんだよ。オレは、魔人としても区切りの100年を越えたんだぜ?』
(変な遊びばっかりしてるじゃん。宇宙海賊って何?)
『あー、もー、うるせーな。さっさとシャインを起こしてこいよ』
(リュックくんが行けばいいじゃん)
『オレは、充電中だ。ちょっと寝る』
グンと左肩から魔力を持っていかれる感覚……。そういえば、最近、顔を見てなかったな。僕から一定の距離以上離れると、リュックくんは魔力を吸えない。宇宙空間を飛び回って、エネルギー切れ寸前なのかもしれないな。
(はぁ、やっぱ子供じゃん)
「ベアトスさん、早めに行く方が良いみたいです。僕は、シャインを起こしてきますから、1時間後に出発で、いかがでしょう?」
「んだな、魔人レイも早くしろと言ってきただ。ちょっと準備を整えてくるだ」
「泣き虫シャインは起きないのじゃ! それに1時間後だとか、そんなにキッチリ決めたら……」
(ふふっ、ナタリーさんが捕まえに来るかな?)
猫耳の少女は、ワナワナと何かと戦っているようだ。まぁ、放っておこう。
「今回は、行ける人だけにしましょう。クラちゃんもそれで良いですか?」
僕がそう尋ねると、クラリス・ロールさんは、表情を引き締めて頷いた。
(やはり、急ぎなんだな)




