オーディン⑤
「――がっはっ!?」
「!? シャロンさん!?」
急に視界が回転した。
いや回転したのは私の方だ。気付けば天井が目に入り、すぐに壁が目の端に映る。
昏倒したのである。よほど体力と精神力を使ったのだろう。
「大丈夫ですか!?」
「あ……ありがとうルチア」
すんでのところでルチアに抱き止められ、頭を打つことだけは避けられた。
だが一気に襲ってくる疲労は誤魔化せない。魔力が少ない私は、そのハンデを体力でカバーしているのだ……魔術を使えば使う分だけ疲労も早い。
たったこれっぽっちの魔術で、と悔しい思いをしないわけじゃない。
比べるわけじゃないが、ルチアは人間を運べる規模の風魔術を使っても疲れひとつ見せないのだ。五時間のクールタイムがあるとはいえ、ルチアは他の魔導師に比べても魔力は強い方だ。
「……なんだか疲れたよ」
ルチアの手を借りて立ち上がりながら呟く。目下には気絶中のミーシャ。
「こんなのといつも一緒にいたなんて、兄貴も大変だね」
「うっ……で、ですね」
顔が黒焦げになったミーシャを見て顔を顰め、ルチアは目を逸らす。
「とりあえず、……出ましょう。私、これ以上見てられなくて……」
「あはは……ルチア、結構容赦ない時あるよね」
だがミーシャのことはもう終わった。
これで誰かを誑かすことも出来ないだろう。あとは彼女の言動次第だ。
二人で部屋を出ようとする。車椅子のオーディンの横を通り過ぎた。
「……」
自然と、少し歩みが遅くなった。相方(?)を潰されて、彼はどんな顔をしているのか。怒りに歪んでいるのか、愉悦に浸っているのか。それとも廃人のままなのか。
そっと覗き込む。
覗き込んですぐに元に戻った。何も変化がなかった。
立ち上がった私を、ルチアがそっと見上げる。
「いいんですか? 放っといて」
「放っといても大丈夫だよ。それにどっちみち……」
オーディンの脚を見る。
脚は壊死した後に斬られているようだった。
壊死するほどの何かをされたということである。斬られているのはむしろ医療的措置の側面が強かっただろう。
「……こいつはもう自律的行動が難しい。何かしてやることもない」
「ええ……そうですね」
彼が今まで生きてこれたのはミーシャがずっと幻覚を見せていたからだ。その幻覚はもう解いてしまったし、全てが嘘だったことはここにいる二人の女性が証言するだろう。
その後、動けない彼がどうなるかは知ったことではない。
車椅子のオーディンに目を合わせる。一応、言ってやらねばならない言葉もある。
「オーディン、アンタは思考を拒否し、安易な決めつけと直情的な行動で人を陥れた。だから、それに見合った報いを受けなくてはならない。思考を拒否し、安易な決めつけと直情的な行動をする民衆によって」
民衆の暴動によって。
彼は何も応えなかった。
私だって返答を期待していたわけじゃなかった。言うだけ言って立ち上がる――その寸前にぽそりと小さく、しかしはっきりと声が聞こえた。
「ーーありがとう」
「……」
その後彼は本当に何も言わなくなった。
その礼がいったい、誰に向けたものなのか。
彼には初めからずっと意識があって、ただ廃人のふりをしていただけなのか。
それとも、ミーシャが潰れて一瞬だけ元の思考に戻ったのか。今後彼はどうなるのか……
それは誰にも分からない。
分かる必要もない。
ただ、彼と関わることはもうないのだろうと、直感した。
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