ミーシャ④
遅くなりましてすみません、、、汗
「はぁ? 賭ける?」
ミーシャは嗤った。
「賭けるものなんかないわよ。アンタはここで終わりなんだから」
「心配しなくても、私もアンタも数ヶ月後には全員終わりだよ。次の夏を迎えられる奴はいない――だがそれは、この街の人らも同じなんだ」
どうせ死ぬのなら同じだと、そんな考えの者もいるだろう。だが私は違う。死ぬからこそ、後悔のない人生を送るべきなのだ。それは誰だってそうだ。
「アンタが気に入らないからって傷つけていいわけじゃないよ――もちろん、そこの男もだ」
「? ……ああ」
オーディンのことを言っているのだと、すぐには気付かなかったらしい。
「何が悪いの? 皆そうしてるでしょう。その証拠が今の状況よ」
ミーシャは指し示すように大きく腕を広げる。
「あいつは自分のエゴだけでこんなことをしたのよ。それに比べればこのくらい誤差みたいなものよ」
「だからやってもいい、って? そんなワケがない。それにアンタは最初っからそうだったんだろ。兄貴のことは関係ないじゃないか。人のせいにしてんじゃないよ」
「……」
ミーシャは少し気分を害したようだった。
多分、本当のことだからだろう。
ミーシャの気分なんかは知らない。
「何様なのよ……アンタ」
「アンタに殺された男の妹だよ。その私が、今のアンタを見定めると言ってるの」
魔力を練り上げる。条件付きの魔術。
私の魔術は非常に特殊だ。相手が一定の条件を満たした場合にのみ発動する。そんな魔術。その理論の高さと私自身の魔力の少なさから、使用するたびに体力が奪われる。
「説明だけはしてやるよ、ミーシャ。これは――!?」
説明の途中。頬をくすぐるように魔力の気配がした。その先が自分の後ろにあると気付き、振り返る。
ぎらりと光る二種類の銀。銀髪の女性(本物)が同じ色に光るナイフを振り上げ、私を襲ってきていた。だが目の焦点が合っていない。
私ではなく、何かを見せられているのだと一発で分かる様子だった。
「別に逆でもいいのよね」とミーシャは言う。
つまり、気に入らない街の人間に私を潰させても構わないと。
「その銀髪の女はここの区長の娘なんですって。昔ね、私の陰口言ってたの。ムカつくから一番ひどいの見せてやってたんだけど。あ、そのまま突き落としてもいいわよ?」
「く――」
ナイフを素手でつかみ、血が流れる。痛みはあるが強くはない――おそらく食事用ナイフだ。
だからまったく脅威ではないが、彼女は恐らくただの一般人。
力加減を誤れば階段下に真っ逆さまである。
「シャロンさん!」とルチアが助けに入った。銀髪の女性は後ろから殴り飛ばされ、気を失った。……豪快な解決方法だが、今は最善だ。
はっとして振り返ると、そこにはもうミーシャの姿はない。
「まさか、逃げ――」
「いや。まだ居る」
部屋の中だ。オーディンの横を抜けて一歩入る。
部屋は歪にゆがんでいた。床に女性がひとり倒れている。慎重に近づくが、こちらは本当に見た目通りの一般女性らしかった。
どこだ、どこに。と、部屋を少し見渡して。
「あ……」
兄貴がいた。
「……」
「シャロンさん!?」
一瞬時が止まった気がしたが、ルチアが入ってきて我に返る。
兄貴のはずがない。その幻覚だ。
それに気付いて足が震えた。こんなにかき乱されたのは初めてだった。
「ごめんねシャロン! このバカな兄ちゃんのことをゆるしてくれ!」
「――ッ、お前――!!」
妙な感覚だった。自分が乖離したような、自分自身を上から見つめているかのような気すらした。
手を出すつもりはなかったのに、私の腕は言うことをきかず、兄貴の姿をしたミーシャの胸倉を掴み、床に叩きつけていた。ミーシャの姿に戻った彼女は、少し怯えながらも満足そうだ。
癪に障る。
こんなに癪に障る奴は見たことが無い!!
ギリと唇を噛み締めながらも、私は極めて冷静に告げた。
「さっきの続きだ。私の魔術は条件付きの魔術。自分の気に入らないものを容赦なく潰すアンタにはもってこいの魔術があってね。アンタ自身が一番失いたくないものを失うって魔術だ――意味、わかるか?」
「は……! 知らないわよそんなの、だいいち――」
「アンタが知るかどうかなんて関係ないね。ともかくその条件を満たさない限りアンタは絶望を味わうことになる」
「へー。なによ条件って……あ、ひょっとしてあいつに謝るとか? ごめんなさーい! 全部冗談だったの、許してにゃん、とか?」
気持ち悪いんだよこのクソ女。
という言葉を飲み込み、事実だけを告げる。
「兄貴に謝る、ね。アルファルドの時はそうだったし、さっきまではそうしようと思っていた。けれど今ので気が変わった。アンタはもう駄目だ」
条件も結果もすべて決まった。あとは見守るだけ。
「……けど私は優しいから条件だけは教えてやるよ。別に難しいことじゃない。アンタ自身の嘘をすべて自白して、二度と魔術を使わないことだ」
「はああ?」
ミーシャはやはり嘲笑した。
「何かと思えば。そんなことするわけないじゃないの。馬鹿なの?」
「それによりもたらされる結果を思えば、だいぶマシだと思うけどね」
「はん。だいたいアンタの言ってるその条件付きなんとやらも怪しいのよ――いいからそこを退きなさい」
強気のまま、ミーシャは起き上がる。もう怯えはなかった。
「そんでアンタもひどい目に遭わせてやるから。覚悟しときなさいよ」
「……ミーシャ、こんなんでも私も女だ。私の予想は恐らく当たっているし、その結果になるのは同じ女としてしのびない。正しい選択をおすすめするよ」
「うるさいわね。ほらさっさと起きなさいよ!」
床の女性を蹴り飛ばすミーシャ。
今の行動で彼女の意思は分かった。
残念だ。彼女が大切にしているものといえば、私の予想通りなら一つしかないのだから。
「じゃあ、自白も反省もしないってことでいいんだな」
「何度も言わせんじゃないわよ。当たり前でしょ。今度はこいつをあいつの顔にして、アンタを襲わせてやるから」
「……発動」
「ちょうどいいわ、兄妹で殺し合う姿でも見せてくれたら――――!?」
言葉の途中でミーシャの顔から煙が噴き上げた。
同時に部屋中に熱気。ルチアが「火事!?」と慌てて部屋の窓を開ける。
ミーシャは一瞬何が起こっているのかわからなかったようだった。目の前から煙が吹き上げて、同じように火事だと思ったらしい。
少しだけ首を回して、そこで、彼女は自分の顔が焼かれていることにようやく気付いた。
「え――ぎゃ――ああああ!? あああああ!?」
目の前でミーシャの顔が焼き上がっていく。まず頬に焦げ目がつき、右目が焼け潰れた。唇はまるで裂けるように広がり、主に右側を中心にずぶずぶと崩れ焼けていく。ぎああああと絶叫が響いた。
絶叫の中で私は呟く。
「アンタが大事にしているものは、まず自分の顔だ。アンタは初対面でまず容姿の話をした。……それからあの銀髪の女性もそこの女性も美しい女性だ。さらに兄貴は、アンタのことを見た目だけだと言っていた。――だからもっとも大切にしているものは容姿なんだと、予想はついていたよ」
ミーシャにはもはや聞こえていなかった。痛みで気を失ったのだろう。
だがその顔はほとんど溶けかかっていて、二度と見れる状態ではなかった。
命に別状はなさそうなのがより残酷だ。
「その顔をアンタは失う」
さらに。
「幻覚を頻繁に使っていたから――アンタは、そもそも他人によく見られたいという性質なんだろう。けれど善行を積むわけでもなく、ただ容姿だけでそれを達成しようとした。だからアンタは、他人によく見られることも、今後はないだろう」
幻覚を使うことはできるだろうけれど、顔をそれで隠すことは難しくなる。せいぜいが仮面程度だ。
もうすでに聞こえていないミーシャに背を向けた。
「だから言っただろ。駄目だって。素直に謝っときゃよかったのにね」
煙がすべてなくなった部屋の中で、私はせめてもの餞別にと声をかける。
もう聞こえていないけれど。
「次に目覚めた時がアンタの地獄だ。けど人間は容姿じゃない、中身を頑張って変えればきっと誰かは認めてくれる。せいぜい頑張るんだね。……もう、聞こえていないけれど」
聞こえていたとしても、聞く気もないだろうけれど。
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