脇役
街の人間には私が兄貴の妹だということは伏せよう、とルチアには言われた。
それには様々な理由がある。一番大きい理由としては「私が恨まれる可能性があるから」だ。
だがそれ以外にも、「縋られる可能性」というものがあった。オーディン(仮)という幻想を失った街の人間達は次に私に縋ってくるだろうと。
彼等の末期的思考を思えばそれも不自然ではない。可能性は充分にあったし、そうなるととても面倒だ。
だけど。
「……ごめんルチア。私は本当のことを言うよ」
「そんな! 危険ですよシャロンさん。だって……」
だって、と俯くルチア。
「私にも覚えがありますし」
「気にしないでよ。必死になるのは当然さ」
自分のカウントダウンを実感するほど怖いものはない。
「自覚があるんだけど、私は随分と特殊みたいだ。こんな状況でも絶望もできない。けど普通のやつは違う。そうだろ」
ルチアはふいと目を逸らす。機嫌でも損ねてしまったか。それとも、答えに窮したのかもしれない。
「……妹だからさ。一応、責任はあるよ」
「シャロンさんは悪くないじゃないですか。別にほっといたって……」
「そうだね。兄貴に関してはともかく、終焉魔術に関しては私は悪くない。これは誰がなんと言おうと主張する……でも兄貴が間違いを犯したのは事実だ。悔しいけどそこだけは言い訳ができない」
もともとこの状況すら、間接的には兄貴のせいだとも言える。
悔しいのは、ここまでするほど兄貴が追いつめられていたのに何もしてやれなかったことだ。
起き上がる区長の娘を介抱した。区長館には、異変を察した人々が何人か集まってきている。
その人々の恰好。
ばらばらだった。質素な格好をしている者もいれば、やたら華美な格好をしている者もいる。
同じコミュニティに属しているのだから、概ね同じに落ち着くのが普通だ。それでもバラついているのは、各人が理性や社会性を失っているからだろう。
「さて、よく来てくれた」
香料の薄まった館で、私は私の知る限りの全てを話し始めた。あくまで冷静に。そして理知的に……
・・・
「ーーそれでなんであんな大乱闘になるんですか……?」
「私だって乱闘になりたくてなったんじゃないっての……」
街の人間の一人に殴りかかられたので殴り返したらそうなったのだ。私は悪くない。
「殴り返される覚悟もなしに殴る方が悪いんだよ」
「シャロンさんが本気で殴ったら死ぬかもしれないんですから。ちょっとは手加減しないと」
「それはだめだろ。本気で向き合わなきゃ」
本気で向き合いたいやつには手を抜かない主義だ。
なので、今館の前は死屍累々である。死んではいないが。
「心意気はすごく良いと思うんですが、それって多分フィジカルじゃない気がするんですけど」
「だから先に手出してきたのはこいつらなんだって。私だって別に殴られたくないよ」
というか別にあんな高尚な気持ち持たなくてもよかった気がするな、と思った。
そうだ忘れていた。人間というのはだいたいこうだ。
もう滅んだ方が効率がいいんじゃないかとか一瞬頭によぎった時、ザッ、と足音がして顔を上げる。
一人の男がいた。
黒髪に黒い瞳の。……冒険者だ。私は眉を潜めてくってかかった。
「なに? まだやる気?」
「あーいや、待て待て。俺はこの街の人間じゃない」
その男は……髪も目も真っ黒な彼は、目を細めて私の目をじろじろとみる。
そして一言、こういった。
「……目だな。目が似てる」
「! アンタも、兄貴の知り合いなの?」
「ああ、そうだ。知り合いってほどじゃあないがな。少し話した程度さ」
不思議な雰囲気を持つ男だった。
格好からは魔導師のように見えるが。
別のギルドの人間だろうか?
「兄さんと関わったことがあるんだな……名前を聞いてもいい? ひょっとしたら手紙で聞いてたかも……」
「名前? 言いたくねえな」
「……いやなんでだよ」
「お前にはって話だ。そっちの嬢ちゃんにならいいぜ」
「いやなんでだよ!?」
全く理由のわからない差別である。
「なんだよ、私に教えたくない理由でもあるわけ? 兄貴を怨んでるってなら……」
「はあ? 勘違いすんな、そんな理由じゃない。ただお前の兄貴はきっと俺のことは覚えてもいねえから……そんな理由だ」
私とルチアは顔を見合わせた。
こいつヤバいやつなんじゃないか? とルチアも思ったのがわかった。
「あのう、悪いんだけど私達……」
「怖がらせて悪いな。暴れてる女がいるって聞いたから逃げてきた奴から話を聞いたら、あいつの妹だって言うからさ」
「……」
「この先の下宿屋に行こうとしてるんだろ? ついてこいよ。俺も住んでる場所だから」
これが私と、彼……いまだ名前も知らない脇役のファーストコンタクトである。




