オーディン……④?
「――ッ、ひどい臭いだな」
館は謎の悪臭が立ち込めていた。
上品な香水のような香りだが、量が多いと悪臭にしかならない。私は鼻を抑えて辺りを見回す。
ルチアも同じようにきつそうだった。
「うーわほんとひどい匂いですね……ッ、お香が焚かれてるんでしょうか?」
「多分な。……オーディンとかいう勇者は随分良い趣味をしてるみたいだ」
館の奥に私たちは進んでいく。洒落たつくりの階段の上、街で一番偉い人間がいるのだろう場所に、複数の人の気配があった。
館全体が何かに怯えるように静かだがそこだけが不自然だ。私達は互いに何を言うでもなく、まっすぐとそこに向かっていく。
ルチアが堪え切れないという風に鼻をきつく押さえた。
「ほんと鼻が……もう無理……『風魔術』……!」
「はっ? ちょっ……!! なに自分の周りだけ風で香を飛ばしてんだよ……! 私にもやってくれっての!」
「あーすいません……五時間後にちゃんとやるんで」
最近ルチアからの扱いが適当な気がしてならない。
「まあいいよ。どうせこんなとこ長居しないんだ、さっさと顔見てあの人の分殴り飛ばしてやろう」
「あの人の分ですか?」
「え? まあそうだよ」
「……シャロンさん、相変わらずですねぇ」
ルチアは呆れたように笑った。
「兄さんの妹である私が言うことじゃないって思ってましたけど――シャロンさんは、ご自分のお兄さんの分はぶっ飛ばしてやろうと思わないんですか?」
「え……ああ……」
自分でも驚くくらい低い声が出る。
「まあそりゃあ思うけど、私がぶっ飛ばしたらそこであいつらの罪は終わっちまうだろ。私は自分では何もしない。堕ちていくのはあいつらの勝手。そうじゃなきゃ、真に償わせたことにならない」
私が殴ることは正直、そこまで難しくはないだろう。
けれど、それをしたら奴らはその時点で「許された」と感じてしまう。殴られたんだから許されただろう――と。
正直それは気に喰わない。罪は地獄まで持っていけ――と、意地悪にもそう思っていた。
扉の前に立つ。ノックをする前に、ルチアに笑った。
「ま、だからあんたの兄さんにしたことも正直悪いとは思ってない。って、あんたに言うことじゃないけど――」
そしてバゴン!! と扉が吹っ飛んだ。
ノック直前の体勢で絶句する私達。扉と一緒に吹き飛んで倒れているのは銀髪の女性だ。大泣きしていた。
そして泣いている彼女を追うように。そいつは自分から出てきてくれやがった。
若い男。いや少年にも見える青年だ。
一目で「そいつ」だとわかる横柄な態度。年齢の割に高い上背。若々しい体躯。純粋なフィジカルでは平均以上だろう――私の方が上だけど。
女性を護るように立った私に、奴はようやく気付いたようだった。
「あー? なんだお前らは?」
開口一番、そんなことを言って来たそいつを見て私は目を眇める。
強いお香の中、微かに香るアルコール。……まだ酒を飲める年齢でないことは見て分かるがだいぶ飲んでいる。
青年は私達二人を見て何かを見定めたかのようににやりと笑った。
「あーなるほど。こいつらが区長のジジイが言ってた新しい女か。こっちは三下だがそっちの金髪は良い女じゃねえの。おいこっちこいよ、遊んでやるから――」
「ルチアに触んな」
「っ!? ああ!? いってぇなオイ――」
軽い気持ちで手をはねのける。すると奴はキレて部屋の中の何かを蹴る。それが気絶している女性であることに一拍遅れて気付いた。
なんとまぁ分かりやすい、そして安っぽい悪役だ。
ここまでやってると逆に笑えて来る。まだゴメスの方がもうちょっと賢かったぞ。
「この俺に手出すとは度胸あんじゃねえか。ええ!? 俺が誰だかわかってんのか!? あの勇者オーディン様だぞ!」
「騒ぐなよ。言われなくてもわかってるさ」
「じゃあなんでそっちの女を差し出さないんだ!? 俺は世界の終わりから唯一助かる選ばれた人間なんだぞ!!」
「あぁうん、その一言でもう全部分かった」
どちらかといえば宗教に近いのか。教祖がアレな宗教。
「なんかアレだねえルチア、絶望だのなんだの、こんな男にはもったいないくらいだね」
「……」
ルチアは答えなかった。
少し不審に思いながらも言葉を続ける。
「まあニア終末だ、そういう宗教がはやるのも仕方ないが。まさか終末の元凶がそれを言い出すとはね――」
本来なら袋叩きのはずなのに。
「こんなのにうちの兄貴は殺されたんだと思うと泣けてくるよ。なあそうだろルチア?」
「……」
ルチアはまた答えなかった。
流石に振り向く。ルチアは意味のない無視はしない子だ。
そんなルチアは戸惑いの表情を浮かべていた。そして私だけを見つつ、一言。
「シャロンさん、さっきからなに言ってるんですか?」
「何って……何が?」
「だってその人、動いてないじゃないですか――さっきから車椅子に座って」
「は?」
何が? とはこちらの台詞だが。
動いてない? 何が?
青年だか少年だかの若い男は、少し動揺したのか一歩後ずさっている。
「テメェはまさか――あいつの」
「あ、ああそうだよ。ああでも、別に復讐しようとしてるわけじゃ――っ!?」
言葉の途中で、私はルチアに捕まった。
そして彼女にしては素早い動きで、まるで薬で気絶させるように私の鼻と口を布で押える。
「な――――」
何をするんだ――と咎める前に、私は見えた光景に息を呑んだ。暴れる男が急に姿を消したからだ。
代わりにそこに現れたのは、脚を失い車椅子に力なく座っている青年だった。
なんだこれは。
ルチアから離れ、鼻を抑えたまま車椅子に力なく座っているオーディンに近付く。
意識はあるようだがこちらに反応する様子はない。
「きゃああ!」と銀髪の女性が勝手に叫んで泣いた。何もされていないのにだ。彼女らには暴れるオーディンが見えているのだろうか。
幻。原因は焚き染められた香だ。ルチアが掛からなかったのは、直前に風で吹き飛ばして効力を薄めたから。
「魔術のかかった香か……魔術の素養がなくても使えるやつだな」
「これでオーディンの幻を皆に見せていたわけですね」
「なるほど、道理で違和感があったわけだ。オーディンは別の誰かの筋書き通りに動かされてたわけだな」
きっと自力で動けない彼を見遣る。
「だが、誰が何のために――? こいつがやった、わけじゃないよな……」
オーディンの顔を覗き込むが反応は一切ない。
魔術香を使えるようには思えない。
同時に思い至ったことがあった。――今この場は香が焚き染められているから、傷や破壊や痛みも幻のうちに入る。だが。
「……オーディンが幻だとして、そしたらあの人はどうして……」
カツ、と階段を上ってくる足音が響いた。
私は瞬時にそちらを振り返る。
金髪の女性が、天使のような微笑を浮かべて立っていた。
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