クライマックス――やがて王たる反逆者(二)
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異空間の宮殿で、ゴモリーが阿頼耶を事を見守っている。
「阿頼耶……」
――怖い、とそう感じる。貴方が其処で何を起こすのか、私にはまるで分からないの……。
右手を握り胸に当て、せめて心から、彼を信じる……。
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ほぼ無人となった街。阿頼耶の髪を、風がそっと撫でる。
――ったく。聞きたいこと、粗方レライエの野郎から聞いちまったじゃねえか。それでもこの足は退けないけどな。
ずっと素の、落ち着いた感じで見えるその表情。しかしその眼の奥には、鋭い光が秘められている。
それが彼の、既にキレている状態の現れなのである。
それがレライエにも、そして遠くで全てを見ているアガレスにも、分かる。
「……あれが瀬那阿頼耶、か。やはり直に見ると段違いじゃのう。激しく痛快な童じゃわい」
ふと、遠くに見える阿頼耶と目が合った。
阿頼耶の方から、視線をこちらに向けてきたのだ。
――あれがアガレスか。父さんを殺したかもしれない、悪魔アガレス。
……その思い自体は、怒りの念を纏っていない。もし奴から父の死の真相を聞かされたとて、最早阿頼耶の、阿頼耶という個の人間が往く道は変わらないからである。
――俺の掬火なんて奪っても、お前にとって毒にしかならないんじゃないか?
アガレスの身に宿したその彼の掬火が、確かな揺らぎを放っていた。強く強く、その存在をアガレスに主張していた。
――ああも純粋な怒り方をするのは、この世界と深く深く向き合っておるという事。
アガレスはふと笑う。一言も言葉を交わしていないというのに、阿頼耶という人間の、精神の質感に心が躍るのである。
……そうだ。個の悪魔をしても、阿頼耶のそれは正に至極のキレ具合だったのだ。
――魔物の如き様だったアスモデウスにも、このキレ具合は心に刺さる……。
「……フ、フハハハッ。……信じられん、この俺が、人間に足蹴にされ、こうまで見下されるとはな! こんな愉悦が世界に存在しているとはな!」
彼の崩壊寸前であった精神が、凄まじい勢いで輝きを取り戻していた。
最高の気分だった。――こんなにも恐れ知らずで心強き人間に出逢えていた――そのことに彼の心が震えていた。
――やはりこいつだ。俺が見出したこいつに、俺の全てをやろう。
元々自身の死の間際に還すつもりだった、阿頼耶の掬火だけが今奪われている事は残念であったが。
せめて、自身の悪魔の力は、彼に――。
アスモデウスは阿頼耶へと、囁く。
「なあ阿頼耶。俺の力を、全部お前にくれてやるよ。だから人間にも悪魔にも真なる地獄を見せてやってくれ。――世界を、緩やかに死なせてしまわない為に。現代の有りとあらゆる者等が、自身の生命の力を燃やして生きる事を、思い出す為に。大いなる存在の意思に、運命を弄ばれない為に」
阿頼耶の眼が、ぴくりと動いた。
……アスモデウスは、同族殺しの禁忌を破ると決めた時に。
自分もやがてはこの時代に於ける世界の礎になると、そう覚悟もしていたのだ。
……だから彼は、託せる者を求めていた。自分の意思を受け継いで、そしてその意思すら超えていってくれる心強き者を。
そしてその心強き者を手繰り寄せる素養は、確かに有していたのだ。
何故なら彼は誰よりも、悪魔と人間――更には神に連なる種族の違いでさえ、物ともしていなかったのだから。
そして、今その心強き阿頼耶が返答する――。
「……俺が生きて其処に居るだけで、他の奴にとっては地獄になるさ。――それがより分かり易くなるってんなら、お前の力、貰ってやるよ」
――阿頼耶もまた、彼である時点で、人間から見ても悪魔から見ても常軌を逸した存在だ。
独りになった道筋を思い出しながら、それをもう、完全に受け入れていたのである。
それに、阿頼耶はアスモデウスの大きく壮麗なその意思を、素で理解していた。
――やっぱりこいつの言うことが一番しっくり来る。他の誰の言うことよりも。
「ふっ」
会話上では阿頼耶の言っていることは、アスモデウスのそれとまるで噛み合っていない。
阿頼耶はこれまで他者との心の違いを、散々思い知ってきた。
その末に、会話では相手の同調を得ることを期待しなくなった。故に彼はもう、自分の一番言いたいことを一番に言うのである。
……アスモデウスは、しかしそれでも、阿頼耶のその他の追随を許さない心の個性に、微笑んだ。
そして――。
もう一人、阿頼耶に惹かれた者が居る。
「あ、あのっ!」
玲子が、意を決して阿頼耶に話し掛けたのだ。
――(三)へつづく――




