クライマックス――やがて王たる反逆者(一)
アスモデウスは、既にその命の火を失いかけていた。
――レライエと、そしてクロケルの放った魔技が、既に致命の一撃となっていたからである。
「オオオオオォッ!!」
その身に流れる血の魔力を最大限まで引き出した、死力絶招……。
或いは己の悠然たる思想に注ぐ強き情熱で、戦闘能力だけが昂り、止まらなかったのかもしれない。
「うぅるせぇぇっ!!」
サブノックは空中で、獣の如き様相のアスモデウスと打ち合い続けていた。
両手に纏った腕甲は攻撃範囲は極小だが、しかしその挙動は扱う者の発想次第で、極大の変化を生む!
殺意漲る騎槍の突きを、薙ぎ払いを――
「せりゃあっ!」
――時に裏拳で受け、時に掌で払ってみせていく。
そして別の得物を握るという必要が無い故に……彼はアスモデウスの突きを横に躱した際、脇に抱え込む動作で騎槍を封じたのだった。
「へっ! 食らえ俺の魔技、を――!?」
しかし。
「――ドーンライトッ!」
体術に於いても、アスモデウスは必殺の手段を有している。
「……くっおああ!?」
サブノックは瞬時にこの魔技の威力を予感したのだ。精神に、凍てつく程の恐怖の念が満ちていく。
「――っ!!」
「マギクス・シニストラァッ――!!」
純然たる壊魔の左掌。膨大な破壊の魔力宿したその左手を受けては、如何に個の悪魔とてひとたまりも無い。
……だが、その暴威に晒されたのはフォルネウスであった。
「姐さん!?」
「……ぐっ、おおおおお!!」
彼女の左腕が消し飛んでいた。しかし、そんな事には構わぬとばかりに、口からは雄叫びをあげてゆく!
――必ずお前に一撃くれてやるぞ、アスモデウス!
右手一本で握っていた長斧を、その身の影の魔力のオーラを最大限に高め肉体の力へと上乗せし、一斉に振り被るのだ!
アスモデウスの左肩に、斧刃が深く断ち入れられ……
「――ごふっ!」
……彼は口から夥しい量の血を噴き出した。
これまで制御していた血の流れが、死力絶招の消失に依って溢れたのだ。
最後に騎槍を天へと投げ――。
彼は、地上へと落ちていった。
「フォルネウス姐さん!」
「来るな!」
心配し寄り添おうとするサブノックを、フォルネウスが背中を向けたまま制する。
彼女も、自身の今生の終焉《終わり》を悟っていたのである。
アスモデウスの暴威の魔力は飛ばした腕だけで無く、彼女の全身にも流れて、その死力絶招を砕いていた。
「ふん。……存外愉しかったな、死力絶昭を持つ者同士の戦いというのは」
途切れ途切れの呼吸でそう語るフォルネウス。
「サブノック!」
「はいっ!」
突然彼女に名を呼ばれ、彼は背筋を正して返事をする。
「……前世のお前がその若き肉体と心を望んだのは、きっとこの世界に、何か伸び代を感じたからだろう。――その伸び代とこれからも付き合え」
その言葉だけを言い終えて、彼女は天より落下する――アスモデウスの最後の魔力を纏った騎槍を……甘んじてその背中に受けた。
「そんな!?」
悲鳴のような叫びを上げるサブノックに、しかしフォルネウスは血を吐きながらこう告げる。
「これで良いのさ……これで私は、アスモデウスに殺された事になる。それは最後の最後まで戦えたという、何よりの証と、なる……」
フォルネウスの身体から魔霊が出現し、凄まじい速度で地上へと進んでいく。
サブノックは、哀しみに泣いていた。
「何すか、それ……。全然意味分かんないのに、めっちゃ、格好良いって思っちゃうじゃないすか! 姐さんっ!!」
彼に抱き抱えられたフォルネウスの最後の顔は、瞳を閉じて微笑みを浮かべていた。
――フォルネウスの魔霊がアスモデウスの身体に入った。
精神が膨張して、散る。
彼は、地上に墜落した。
「…………ッ!!」
力無く、その眼は空を見上げている。
そんなアスモデウスに――レライエが、最後の止めを刺すべく近付いていく。
「……」
奴が歩を止めた。それは自身の眼前に、そしてアスモデウスの直ぐ傍に――
「よお、アスモデウス」
――自然な感じで彼に呼び掛けをする、阿頼耶の姿を認めたからだった。
玲子も――
「はっぐ!?」
――仰天顔で阿頼耶を見ていた。
アスモデウスが、必死の形相で彼を見上げる。
「ガッ……グゥオォォッ……!」
その眼の焦点は最早定まっていなかった。死闘を繰り広げ力を使い果たし、五体の魔霊をその身に宿し、彼の精神は限界を超えてしまったのである。
ベリアル、ベリト、アムドゥシアス、クロケル、フォルネウス――。
例えそれらの意思が、彼に呪いをぶつけたのでは無いとしても。それが悪魔に嵌められた枷であるが故に。
「瀬那阿頼耶。異空間の門から出て来たってことは、お前個の悪魔の誰かと接触したんだな?」
レライエが阿頼耶に話し掛ける。
「なら個の悪魔の事に関して、もう或る程度は知ってるんだろ。それに見たか、ここまでの俺等とそいつの戦いを?……どうだったよ、心が燃えたか?」
阿頼耶はレライエに、何一つ言葉を返さない。
「何も言えねえそいつに代わって俺が一つ教えてやるよ」
レライエは無言を通す阿頼耶に構わず、話し掛け続けてゆく。
「そのアスモデウスはな、俺等アガレス一派には負けても良いって気持ちで戦ってたんだぜ。当然ヤるからには本気出して、結果四人も同志を殺しやがったけどよぉ。……人間の前で俺達の本気の力を出させ、そしてアガレス一派の嘘を、人間への手抜きをバラす――それに依って人間に逃げ場なんてとっくに断たれている事を悟らせ、自らが立ち上がる覚悟を決めさせられたなら、手前はもうくたばっても良いって思ってたのさ」
「グッ、ア、ゴハッ……!」
「人間からしたら、そいつこそ最も畏れを抱く悪魔だろうぜ。そいつの思想は、それこそあの大いなる存在と真っ向から――」
「お前は喋るな。今俺とこいつのやり取りなんだよ」
――レライエの言葉を、阿頼耶は遂に遮った。
「……ふん」
レライエは阿頼耶に対し、素直に黙ってやることに決めた。
腹も立たない。そもそも……。
「グ、グルルル、ルッ……!」
……今この場にやって来たという時点で、彼とまともに会話などは出来ないだろう――と、レライエはそんな予感をしていたからである。
「――!」
阿頼耶は――仕方が無いな――という風な顔で、アスモデウスの顔を、その優美で力強かった顔を、思い切り足で踏んだのだった。
「ゴッ……!?」
獣の表情、精神へと堕ちていた筈のアスモデウスが、明らかに驚愕の顔を見せている。
「『ゴ』じゃねえよ、お前。……俺は俺で色々あった。だから今お前のペースに合わせてやれる余裕が、俺には無い。分かるな?」
右手をズボンのポケットに入れながら、素の感じでそう語る。誰の事をもお構い無しであるかのように。
……レライエが笑う。
そうだ。阿頼耶はここに現れた時から、ずっと素でキレていたのだ。
彼が誰とも話が噛み合わなくなることは、最早必至なのである。
――(二)へつづく――




