第八話 生きているということは、死んでないということだ(極点・六)
フォルネウスが空を見上げた。
「女、お前との話はここまでだ」
唐突にそう告げられて、玲子は聊か困惑してしまう。
「へあっ?」
「弟分が危険なんだ、放ってはおけない。――お前が語った男なら、まあもしかしたらここに来るかもしれん。期待はせずに待てば良い」
玲子はここまでの間で、自分が以前出逢った、悪魔と戦う事の出来る人間の男について話していたのだった。
「そ、そうですかねぇ。でももうこの辺りの人間、私しか居ませんよぉ?」
単純に、フォルネウスと話している内に完全に逃げそびれた……というだけである。
今では属体悪魔さえ、役目を終えて去っている状況なのだ。
――そりゃあ私も信じたいけど、でもこうまで悪魔しか居なくなったら、あの御方が来る意味も無いんじゃ?
「じゃあな」
「あ、さよーならー」
魔力のオーラを纏って飛翔するフォルネウスに、玲子はつい弾みで手を振ってしまっていた。
「あの人、身体に傷が出来ても平気なんだ。凄いな」
玲子が言ったのは傷の深さどうのでは無く、女であっても戦士だから――という類の話である。
※
阿頼耶は、いらつき始めていた。
「どうして怒っているの、阿頼耶?」
ゴモリーの気遣う心の問い掛けに、彼はこう答える。
「人間が殆ど居なくなった」
余りにも端的過ぎるその言葉に、ゴモリーは彼の真意を計り兼ねてしまう。
「……逃げ延びた者が相当居るという事なのだから、良かったんじゃないかしら?」
彼女は彼の心情を汲む思いでそう言ったが……。
しかし、それは彼の意思からすれば外れだった。
「あの状況なら、誰か一人位は魔力に目覚めても良いだろ。――それ所かあいつ等、アスモデウス達の戦いが目に入っている筈なのに、まるでその本質とかを手前の眼で見ようとしてやがらなかった」
阿頼耶は感じていたのだ……。
あの戦闘領域全体に、彼等悪魔の戦意に呼応する形で、大気の魔力が目覚め始めていたのを。
人間といえどあの場に直に居続けて、そして彼等の戦いに自身の心を熱く燃えさせることが出来たのならば……。
その身に魔力の芽生えが起こる可能性も零という訳では無くなる――と、あくまで勝手にそう予測していた。
確かに人間の身体にも、秘めた力としての魔力は存在はするが……しかし殆どの者が持つのは、生命エネルギーのほんの一環に過ぎない、微々たる量の魔力なのである。
異界の魔力に負けない程度の自己防護は可能にはなるだろうし、それに依ってこの世界に生きる者としての尊厳だけでも守れるのだから、目覚める価値は有る、と阿頼耶は信じる。
しかし目覚めた途端に身体能力までもが変わるというのは――それは人間の中でも異常も異常、大異常の存在。
……とはいえ、彼が抱く思いをようやくゴモリーも理解出来た。
出来たが、しかしそれでもあくまで、阿頼耶の言ってることが分かったというだけだ。
だから――あ、或いは失念してしまっているだけかしら?――と、そんな思いで恐る恐る次のことを尋ねるのである。
「に、人間達に出ている被害の事は……?」
「――辛い事だとは思ってるよ。でもあの場で実際に今の事態に巻き込まれてしまったのなら、その事実に対して必ず何処かのタイミングで、手前の覚悟を決めるか決めないか?――っていう決断をする時が来るだろ、全員」
阿頼耶はずっと映像盤を見ながら、素のトーンでそう語っていた。
……ゴモリーが彼の――世界視とも言える深き眼の輝きを見て、ごくりと息を呑んでいた。
彼女のその様子に、阿頼耶はほんの少しだけ冷静になる。
「……ごめん。また勝手にいらついてた」
阿頼耶は済まないという気持ちでそう謝ったが――。
しかし自身と他人の考え方の違いについてだけは、最早認知した上で、大多数の思考へと手前のそれを矯正する気は無かったのだ。
「わ、私こそごめんなさい。余計なことを聞いてしまって」
ゴモリーはそう謝罪するが、そうやって謝られてきてしまった時には、阿頼耶は素で寂しい気持ちになってしまうのである。
「いや、そうした問い掛けはこれからもしてくれ。……お前と最初の考えが違うとしても、お互い言葉を交えることで、俺の思いを俺自身がはっきり意識出来るようになることは有るからさ」
独りは辛いものではある――それを痛い程知っていたから、今共に語れる相手は大事にするのだ。
彼のその言葉にゴモリーははっとして、そして貞淑に首を垂れる。
「本当に、ごめんなさい」
――心が、強い。これが阿頼耶の、本来彼らしい心の力ということなのね……。
そう思いながら、『だからこそ』と彼女は、阿頼耶が今抱いている思いを感じ取るのである。
「阿頼耶――」
彼女の瞳に、阿頼耶は頷く。
「俺は彼処に行く。俺が居なけりゃ、始まらないだろ?」
理屈などは無い。それに大局を見据えるとしても、一歩目を踏み出す時の行動原理はシンプルが良い。
強いて言うなら――。
「……一発殴らなきゃいけなかったんだもんな」
――それが彼の行く理由だ。
――???へつづく――




