第八話 生きているということは、死んでないということだ(極点・四)
※
レライエはクロケルの介入を鬱陶しいと思っていたが、同時に、慣れた風に『あいつらしい嫌らしさだ』と感じてもいた。
クロケルという悪魔は、己が見る相手の思考の癖を感じ取るのが得意なのだ。
そしてその癖を奴は、不透明に、突く。それは主導権を奪うようでいて、相手の思考を後押しするようでも、ある――。
……アスモデウスと打ち合い、互いに距離を取った直後、レライエの足元にクロケルの矢が撃ち込まれた。
レライエは一瞬眉をぴくりとさせるが、しかし直ぐに、『確かにこの角度の射撃なら、身体に溜まった力が霧散しない』とそう思い至るのである。
息を吐き、地面を蹴って矢から逃れる。
――身体を動かす際には、エネルギーというものが必要だ。
そのエネルギーが生じている状態でいきなり身体を止めれば、行き場を失ったエネルギーは霧散し、また激しい反動として身体を襲う事にもなる。
……矢を回避する為の最適な角度で飛んだレライエの身体は、体内のエネルギーを無駄に消費する事は無く、寧ろ継続して動く内その力は蓄積していくのだった。
――レライエにとっては腹立たしいことに。
これがクロケルの思惑通りの展開なのだ……と、そう分かってしまうのだった。
激闘は周囲にも余波として傷跡を残す。建物も人も、大きく痛みを共有している。
その中心に在って、今アスモデウスがレライエに強大な攻めを仕掛けた。
だが――
「負けねえよ!!」
――騎槍の薙ぎ払いを、剣が弾き返す。
……守勢へと力の呼吸を切り換える暇が与えられなかった分、レライエの身体には、攻撃の為の強き力が充満していたのだ。
アスモデウスが、驚きに目を見開く。――攻めの力はこちらも溜めていた筈だ――と。
だが、ここではレライエの昇る戦意が上回った。全身血塗れになりながらも、一瞬の爆発力でアスモデウスを凌駕したのである。
クロケルが笑う――。
レライエが、がら空きとなったアスモデウスの胴を狙った……!
「ブルーメン・シュトロイゼル!!」
舞い散る花――その魔技は、美しくも苛烈な旋風。
騎槍を打ち払った剣の力の向きを変えずに、そのまま一回転舞って、二連目の斬撃を放ったのである!
――――ッ!!!!
アスモデウスの胴左半分を斬り裂き、レライエは彼の横を突破した。
確かな手応え。
しかし……!
「レ・ユイット・クー・デ・ロルロージュ!!」
アスモデウスの戦意は途切れなどしなかった。八点鐘の名の魔技を発現し――クロケルへと繰り出したのだ!
「――っ!」
クロケルは一瞬で判断を付けて、大弓の矢に魔力を注ぐ。
あの八点鐘《魔技》は超絶怒涛の近接攻撃、接近戦に不慣れでは絶対に避けられない。
――ならば先んじて!――と、超速の一射を撃ち込んでゆく!
「ファイアリー・ブレス!!」
焦熱の吐息――その魔技は泉の水面さえ一瞬にして滾らせる、爆発的加速の高熱の一矢だ。
アスモデウスの胸部へと突き刺さり、背中まで貫通した熱浴びる傷から、赤き蒸気と共に血が噴き出した。
――それでも。
「がはっ!!」
クロケルの口から、叫びが漏れる。
アスモデウスは彼の魔技をその身に受けて尚、戦意を、灰にはしなかった。
「クロケルッ!」
レライエの声が木霊する――。
八つの突きを全て受けたクロケルは……その声に最後、笑った。
「……!!」
八点鐘の後に一度響く、終わりを告げる鐘の音。
その止めの一撃を、アスモデウスは……。
「――静穏!!」
僅かに角度を変えて、撃ち込む。
――――――ッ!!!!!!!!
クロケルの魔霊がアスモデウスの身体へと入り――。
……そして骸となった彼の肉体が、アガレスを目掛けて、吹き飛んだ。
「ええっ、クロケルーッ!?」
喚くサブノックに、アガレスは冷徹な声でこう告げる。
「手を出さずとも良い」
そして奴は、微動だにせず――。
「ぬうぅぅっ!!」
クロケルの肉体を、自身の胸で、受けたのだ。
そして両腕に力を込めて、しっかりと抱き止めた……。
老人のそれとは思えぬ、腕力。そして豪胆さ。
……衝撃に依って、口から一筋の血を垂らしたが。
しかし奴は、鋭く光る力強い眼でクロケルの物言わぬ顔を、そっと見つめていた。
「……よくぞ、戦った」
その短い言葉は、クロケルへの確かな賛辞だったのである――。
――(五)へつづく――




