第八話 生きているということは、死んでないということだ(最奥・一)
異空間に在る、アガレス一派の本拠地となる宮殿。
玉座に座す悪魔アガレスを筆頭に、更に四人の個の悪魔が居並んでいた。
「アムドゥシアスは手前の役目を果たしたって事で良いんだよな?」
レライエが深い声でそう発する。
「ここに居る皆、自分の所にアスモデウスが来た時には覚悟を決める……そういう話だっただろ。奴だってそうさ」
クロケルが落ち着きのある声でそう答える。
「ベリトに続いて奴までもが死んだのは痛手だが、これでアスモデウスの精神の負荷も相当になった筈だ」
フォルネウスが響きの良い声でそう断じる。
「けどこれ以上一派の同士が居なくなっちゃうのは寂しいっすよ。幾ら敢えてアスモデウスと魔霊を同化させて、奴の精神を乱れさせる作戦だっていっても!」
サブノックが情け無い声でそう嘆く。
……そしてアガレスが口を開いた。
「そうじゃな。地上に在ってのアスモデウスの行動は、儂にとっても想定外……。我等の目的を遂行する為にも決着は付ける気でおる」
その眼の鋭さが、奴の本気を表していた。
フォルネウスがアガレスに問い掛ける。
「なら引き続き、私達四人で奴と当たるのだな?」
赤い、女の身としては短く切り揃えられた髪。
纏う灰色の上衣と白のズボンが、彼女の飾らぬ剛健さを現していた。
フォルネウスの言葉に呼応するようにサブノックが拳を握る。
「おお! そっすね、どーせなら早期決戦で皆一斉にやっちゃいましょー!」
はつらつとした印象を抱かせるオレンジ色の髪に、色褪せた黄の上衣とズボン。
この場に居る者の中でも特に若い外見である彼は、感情に波が有る分、やや危うさを持っていた。
クロケルは静かに溜息を吐く。
「……侮るなよサブノック。アスモデウスはベリアル、ザガン、そして不死のビフロンスさえも一度は打ち倒した男なんだからね」
亜麻色の髪。
武闘派とも評することの出来るアガレス一派に在って、清涼感を放つ青の上衣と藍色のズボンを身に纏う。
「そうだなぁ。流石の俺達も、奴相手じゃあ地上の街に本気の被害を出しちまうのも止むを得ないと思うぜ。……なぁアガレス」
……そしてレライエが、有無は言わせないという口調でそう告げるのだ。
奴は更にこうも語る。
「実は面白い奴に逢ったんだよ。瀬那阿頼耶、四年前にアスモデウスと絡んだっていうそいつとな」
その名に、一同がざわめいた。
「マジすか!? 瀬那阿頼耶って、あの瀬那阿頼耶の事すよね!!」
サブノックが我先にと派手な反応をしてみせ、それに依ってフォルネウスが露骨にイラついた表情となる。
「騒ぐなサブノック。個の悪魔であればもっとどっしりと構えろ」
「そうは言ったってフォルネウス姐さん!」
「その呼び方も止めろ! ……まったく、若い肉体だとて、心まで子供のようになる必要など無いだろうに」
姉弟、と言い表す事も不可能では無い二人のやり取りに……レライエは溜息を吐いていた。
「どうでも良い。俺達個の悪魔が互いの個性に口出しするなんざ、阿呆の極みってもんだろうが」
クロケルの方は、腰に手を当て苦笑をしてみせている。
「ふっ、確かに。俺達は悠久を生きる上で時に肉体を転生させ、また基礎となる人格をも新たにする。――だがそれはあくまで表層的なレベルの変化に過ぎず、根底に在るそれぞれの精神性、司る悪心は変わらないのさ。だからその表層の人格がどうだろうと、そこに口を挟む意義ははっきり言って、薄い」
レライエとクロケルの反応は、姉弟のような二人のそれに比べれば悪い。
それに対して非難をするのは、フォルネウスでは無くサブノックだ。
「いやいや、俺は姐さんに突っ込み入れて貰えて嬉しいっすよ! 例え表層だろうと、コミュニケーションを取れば心が温かくなるんすから!」
「私はお前に姐さんと呼ばれる事にうんざりしているんだがな」
散々熱く気持ちを語ったサブノックへと、返したフォルネウスの言葉がそれだった。
……表情も軽く歯を食いしばる感じの、イラつきが前面に出た眼で、彼を鋭くひと睨みするのである。
「おうわっ! すいません、姐さん!」
「瀬那阿頼耶の事じゃがな――」
……この話の落とし所はたとえ待っていても出ないだろうと、そう判断をしたアガレスが、深みの有る声色で遂に語り始めた。
「――っす!」
サブノックが真っ先に姿勢を正し、レライエが「何が『す』だ」と小声で突っ込んだのを最後に、皆がアガレスに注視していく。
「あの童の事は儂も気に掛けておったのじゃ。何せ成り行きとはいえ、童の父を儂は殺しておるしの」
それは四年前の出来事であり、アガレス一派に与している個の悪魔は皆、その事実を知っていた。
アガレスは、まるで感慨深い――という表情で語り続ける。
「アスモデウスらと真の意味で意地の張り合いをしたあの童に比べ、その父であるあやつは、文字通りの凡俗じゃったのう。しかしその凡俗な父の、凡俗な父故の愚直なまでの真剣さが、死の間際まで遂に途切れおらんかった。……そこに儂は不覚にも絆されて、あやつへのせめてもの手向けとして、童がその身に強き力を蓄えるまでは地上への侵攻を更に遅くすると決めたのじゃ」
クロケルが目を細めて、そしてやはり、苦笑した。
「……知ってるよ、ああ知ってる。現世に於いては地上に降りるまで、俺達個の悪魔は大体が皆、面白味の有る――精神に何らかの見所を持つ人間と絡む事に飢えてたからね。アガレス、お前がそんな気紛れを起こしたのを、一派の誰も責めはしないさ」
その細められた目はアガレスへの、温かな共感を示していたのであった。
……レライエが力強く、次の言葉を発する。
「その瀬那阿頼耶は、もう力の下地程度なら出来上がってたぜ。この俺の目利きだ、信用しろ。……それにあの野郎、アスモデウスから悪魔の魔力を分け与えられてもいたんだぜ」
アガレスが、その言葉には「ほう?」と驚きの声を上げた。
その反応はレライエにとって、十分に気に入るものとなる。
「ああそうだ、契約だとか呪いだとかじゃ無え! あいつ、悪魔の魔力を真っ当に、何なら無理矢理言うこと聞かせるみてえな感じで吹き出させてやがった! ――最高だろうが。俺はそこまでやれるあいつに褒美をやる心で……俺達とアスモデウスの死闘を見せてやりてえって思ってるぜ」
戦意が昂り昇る。
「はっ、ヤる前からそんなにテンションを上げるなよ。しかし趣向としては悪くないと私も思うぞ」
フォルネウスが呆れた様を装いながら、その実レライエの意思に乗ってみせ――
「まあ問題は、アスモデウスが俺達の攻撃に速攻で沈んじゃわないかっすね!」
――サブノックが軽い調子で、その深き精神に宿す苛烈さを発揮した。
「ふむ、頼もしい限りじゃ。なら今回は儂も、その死闘を直に見させて貰うとするかのう」
アガレスがそう言って、ふと笑う。
「まったく心が躍るわい、ふふふ」
――(二)へつづく――




