第八話 生きているということは、死んでないということだ(終局・一)
最近悪魔の軍団が現れる頻度が増えた。個の悪魔ベリトの死体が街に落ちて以後、である。
阿頼耶は一人夕刻の街の中で佇んでいた。その身体には数箇所、この数日の内に出来た傷がある。
「……」
彼は今、街に溢れる様々な念を感知しようとしていたのだ。
――やはり、薄らと感じる事が出来る……。
織絵達と共に街に居た時、阿頼耶は悪魔襲来に対抗しようとしてその身から異様な力を発した。
あの力自体には憶えがあった。
――あれは魔力という奴だ。四年前、あのアスモデウス達が放っていた力。
あれから阿頼耶は、自分がその魔力を発現させた事の意味を考えた。
――四年前の俺は、あいつ等が落ちてきた堕天の涙から流れ出る光の波動の影響で、全身から魔力を放出していた。……あれは波動を受けた事で俺の精神が揺り動かされて、それに依って俺の中に在る魔力が現れていたからなんだ。
阿頼耶は答えを手繰り寄せる。
――堕天の涙の波動は切っ掛けだ。俺には、いや元々人間には悪魔と同じように魔力が存在してて、しかし表には出ずに眠っているという事なんだろう。
今更、これが荒唐無稽な考えなどとは思わない。
そしてその考えを元にして、阿頼耶は一つ新たに気付く。
――堕天の涙までとはいかなくても、それからの四年間、アガレス一派の軍団が現れる度に異空間の門が開いていた。……それに依っても、少しずつだが地上に影響が現れ続けていた……。
かつてのアスモデウスとベリアルの死闘を見た阿頼耶にとって、今表立っているアガレス一派のやり口は正直温さを感じるものだ。
しかしそんな奴等の行動でも、地上は緩やかに異界の影響を受け続けていたのだった。
――余りにも緩やかだった所為で、幸か不幸か偶然にも、民衆は異界の波動に少しずつ慣らされていた訳だ。……いや、偶然か?
阿頼耶の脳裏に一瞬、或る疑惑が浮かぶ。
そしてその疑惑に呼応したかのように、周囲で悪魔襲来の門が開くのである。
「来たか」
民衆が悲鳴と共に逃げ惑う中――阿頼耶は、自分の目の前にも出現した門の前に立ち続ける。
中から悪魔が現れるのを待つ為だ。
――悪魔は、もしくは奴等が居る異界ってのは、地上に溢れる念と同調してるらしい。そして魔力は念と結び付く。……俺の中の魔力を俺が知るには、悪魔の相手をするのが道筋だということだ。
その考えの元に、彼は既に何度か悪魔の軍団に自分から遭遇しに行っている。
しかし、今回現れた悪魔は阿頼耶の予測を大きく超えていた。
「――あん?」
人に似るも何処かでは化け物染みた容姿を持つ属体悪魔。……そんな奴等とは違い、人間と全く変わらない姿をした――男の悪魔。
……阿頼耶はそいつを知っていた。
ネットに転がる悪魔目撃情報で現在出現率第一位に座す、アガレス一派の切り込み隊長レライエだ!
「何だお前」
――そんな所に突っ立ってやがって……。奴の顔が露骨にそう言っていた。
「……こっちの台詞だよ」
――雑魚相手に俺の魔力を試そうと思ってたのによ……。阿頼耶はそう思い、しかし無意識に不敵な笑みを浮かべる。
互いにとっての想定外の状況というのは起こり得るものだ。一人の都合だけで他の者は動いていないからである。
阿頼耶はレライエへと殴り掛かる。前の時と同じように、反射的に――イケる!――と思ってしまったからだ。
「――っ!」
レライエは得物として剣を扱うが、しかし不意であった為にまだそれを出現させていない状態だった。
――それでも奴は阿頼耶の拳を躱す。熟達の戦士である奴から見れば、阿頼耶の攻撃は一目で素人のそれと分かるものであった。
「威勢が良いなぁ、お前っ!」
レライエは阿頼耶の腹に反撃の拳を叩き込み、その威力で彼を吹っ飛ばした。
「がはっ」
地面に倒れ伏す阿頼耶を、レライエは目で追う。
――悪魔《俺》を見るなりノータイムで挑んできた。ヤケを起こしたとかじゃなく、最初から戦うつもりでいやがった、ということだ。
敵同士、戦闘中思惑の擦り合わせ等出来る余地も無い――とは、あくまで人間だけに限った考え方だ。
心の機微というものについて熟知する悪魔ともなれば、戦いの中に在って相手の心情を見据える事もそう難しくない。
……レライエは、阿頼耶の身体から黒い魔力のオーラが立ち昇るのを見た。
「ほう? ――いや、まさか……」
アガレス一派には人間に明かしていない計略がある。
数年を掛けてゆっくりと、人間がそれと気付かぬレベルで少しずつ、この地上を異界の魔力の波動に馴染ませる――というものだ。
それに依る効果は二つ。一つは、地上を悪魔の世界に近しい魔力環境にする事で、地上に降りてからも自身の力が保ち易くなる効果。
そしてもう一つは……。
立ち上がる阿頼耶に向けて、レライエは声を深めて言葉を発する。
「お前、瀬那阿頼耶だな? 四年前アスモデウスが認めた人間がお前だってんなら、今そんな様になってるのも合点がいくぜ」
「……」
レライエに向き直った阿頼耶は言葉は発さず、口から血混じりの唾を吐く。
――そして、虚空に渦巻く念を見据える瞳で、奴を捉えていたのである。
――(二)へつづく――




