第八話 生きているということは、死んでないということだ(後半・三)
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自宅に帰った阿頼耶を待っていたのは、酷く狼狽した様子の愛美だった。
「阿頼耶……お前、織絵ちゃんと一緒に居る時に悪魔に襲われたって本当なの?」
刺すようなその言葉に、阿頼耶は顔を顰めてしまう。
「……何で知ってるの?」
「藤宮さん、織絵ちゃんのお母さんから連絡が来たのよ。――娘を家まで連れ帰ってくれてありがとうと、阿頼耶君にお伝え下さいって、そう言われたわ」
阿頼耶はやや逡巡し、そして溜息を吐いた。
「そっか」
「どうして昨日直ぐに話さなかったの?」
「母さんに余計な心配させたくなかったんだよ」
愛美の口調は詰問のそれであり、阿頼耶は、自身の思った通りの答えを素直に返す。
「何を言ってるのよ! 一緒に居た友達が悪魔に襲われて、それで子供だけの話で済む筈が無いでしょう!」
愛美が全身から感情を剥き出して非難してきた。肉体を上から覆う程に、感情を司る精神が膨張していたのである。
もし今その身体に触れたなら、彼女の精神は穢れに蝕まれたと、そう感応してしまうことだろう。
――何年経ってもこの人は、自分が清らかな母だと信じ続けるんだな。
阿頼耶は静かにイラついて、額を手で抑える仕草をする。
そして鮮明に織絵の母との会話を思い出す。
――あの時冷静では居られなかった藤宮のおばさんに、俺は頭を下げて謝ったんだ。『謝って済むと思うの?』と詰られて、『男の子が三人居て女の子一人守れないなんて!』とズレた論点で叫ばれ、こっちの生の言葉は欠片も聞いては貰えなくて……。それでも俺は……。
「……確かに俺が謝った時は、最後まで許して貰えなかったよ。正直、何で今日になっておばさんが電話で『ありがとう』なんて言ってくれたのか分からない。――『今度悪魔と遭遇したら俺が死んでも奴等を殺します』って、そう言った時は絶句してた位なんだ」
阿頼耶の最後の文言を聞いた愛美が、血の気の引いた表情になった。
「な、何を……なんてことを言ったのよ、お前は! そんなことを言って、それで相手が喜ぶとでも思ったの!?」
甲高い声で叫び上げる。阿頼耶には、彼女がこういう反応をすると予測が出来ていたのだが……。
それでも今は、そう分かった上で自分の言葉を止めることが出来なかった。
「そんなこと思ってないよ」
「なら何でそんな馬鹿みたいなことを――!」
阿頼耶は愛美に、はっきりとこう告げる。
「話してる時、例えどれだけ謝ったって藤宮のおばさんは俺を許してはくれないって、そう気付いたんだ。……心の底から俺はすまない事をしたと思っていたけど、それでも俺はおばさんに、弱々しい顔をすることが出来なかったから……」
阿頼耶はあの時、織絵との心の通じ合わせ方には、確信を抱いていたのだ。
眠りに就く直前まで彼女と交わした会話、彼女と紡いだ絆。それに依って阿頼耶は、自分の置かれた今の状況の中、それでも自分がしようと思える事をする意思を抱いた。
だから阿頼耶は怒る織絵の母に向けて、それでも絶望し寄る辺の無いような仕草など出来なかったのである。
愛美にはそんな阿頼耶の強き精神が、欠片も感じ取れない。
「相手に対して悪いと思う気持ちが足りないからよ! ずっと私が言い続けてきたじゃない。他人を思い遣る心を大事にせずに、周りの人に心が弱いとか、そんな酷いことを思ったりしては駄目よって!!」
愛美は自分が正しいと信じて疑っていない。心から阿頼耶の為を思ってそう告げている。
……阿頼耶は――俺に思い遣りが無いのは確かなんだろう――と、自身の心でそう信じた。
――その所為で最終的には皆を、忌避の念で満たしてしまうとだろう――と、自身の強き心でそう信じた。
しかし彼は強き心を持つが故に……そう信じた上で、自らの往くべき道を見出してしまう……。
「……ああ、そうだな。きっと、そうなんだろう。――だから俺は藤宮のおばさんに、例え貴女に許されなくても構わないから、絶対に悪魔を殺しに行ってそこで死にますって、そういう気持ちで俺の意思を伝えたんだ」
「――っ!?」
……愛美が、絶句していた。
阿頼耶の言った言葉に、完全に思考の糸が断絶してしまっていたのだ。
自分の息子が、自らの死を意識しているという事実に。
――(四)へつづく――




