第八話 生きているということは、死んでないということだ(後半・一)
翌日、始業前の教室……。
阿頼耶は窓際の席で、一人頬杖を突いていた。
「阿頼耶、あの……」
昨日も共に居た男友達二人が、おずおずと彼に声を掛ける。
「おはよう。昨日は全員、災難だったな」
二人より先に阿頼耶がそう話し出していた。頬杖を解き、しっかりと顔を彼らに向けている。
「あ、ああ……。そうだ、な……」
「そ、その、ごめん、俺達パニクッちまって……」
阿頼耶の目を直視出来ず俯く二人に、阿頼耶は――。
「いいさ、そうなる気持ちは分かるつもりだ。ただ俺にそうやって謝ってくれるのなら、藤宮の目が覚めた時、あいつにもしっかりと謝ってやってくれ」
――冷静な心でそう、告げた。
阿頼耶は本心から二人を許していた。……正確には彼等を責めた所で何にもならないという事実を理解し、そしてその理解を、自身の賢明さで受け入れていたのである。
「……お、織絵さんの……」
顔を強張らせそこで言葉を途切らせてしまう彼等。
間接的にであれ直接的にであれ、あの時彼等の取った行動が織絵の悲劇へと繋がったことを、二人共理解していたのだ。
そんな彼等に阿頼耶は助け舟を出す。
「あいつは眠ってしまう直前まで、お前等に対して責めるようなことは言わなかった。あいつは強い奴だしもう子供でも無いから、お前等がちゃんと話せばきっと耳を貸すさ」
あの時語られなかった織絵の心情を、自分が勝手に代弁してしまう訳にはいかない。だからそれを避けた上での、精一杯の励ましをしたつもりだった。
阿頼耶には二つの、信じる思いが有った。
一つ目は織絵のこと。
藤宮織絵という人間がこれまで示してきた心の強さと、その強さから生じる優しさに、阿頼耶は敬意を持っている。
目覚めた織絵はきっと彼等と対話をしてやれる、彼はそう信じている。
そしてもう一つ、彼等二人に対して。
彼等が彼女の強さを慮り、今不安に塗れてしまっている自身の心を正すことが出来ると、信じていた。
しかし……。
「そ、それは……」
「えと、その……」
阿頼耶の言葉に、二人はまるで予想外だったと言わんばかりの様子を見せていた。
ただただお互い顔を見合わせるばかり……。
これに対して阿頼耶は、怪訝な表情にならざるを得ない。
「どうした?」
阿頼耶は本当にごく自然な、分からないことについて相手に問う――といった聞き方をした。
その二人の仕草からは、彼等自身の本意というものが微塵も感じられなかった……。
何故そんな事になってしまうのか。そこに阿頼耶は――分からない――という思いを抱く。
阿頼耶の問いに二人が答えられないまま、思いも寄らない所から、その言葉が放たれてくる。
「二人共お前に、十分に申し訳無いという気持ちを見せてるんだ。もう許してやって良いんじゃないのか?」
阿頼耶もよく知っている、クラスメイトの男の声。
「園部」
園部夕貴――誰とでも気さくに話し、また良く気の利く、このクラスに於いてリーダー格と評価出来る青年だ。
阿頼耶は瞬時に察した。二人はこの夕貴に、自分との会話について相談を持ち掛けていたのだと。
「……俺は最初から、こいつ等の事を許してる。もし話の筋をちゃんと理解出来てないんだったら、ここで口を挟むのは止めとけよ」
阿頼耶は夕貴に対し、二人から相談されたかどうかを直に確認はしなかった。
ここでそのことに時間を割くのは、話の本筋にとって無駄でしか無いからだ。
夕貴は肩を竦めてみせる。
「俺なりに理解はしてるつもりだよ。けどさ阿頼耶、お前はお前が思ってるよりも、周りに対して圧力を出してるんだ。……もっと優しく言ってやらなきゃ、二人はどうしても安心出来ない。だろ?」
夕日は、諭すような言い方で阿頼耶にそう語った。自身が告げた優しい言い方を、実践しているかのようだった。
彼の言葉に悪意は感じられない。……阿頼耶自身、それは一つの見方に於いてその通りなのだろう、と思っている。
その上で、阿頼耶は夕貴の言葉に否定の意を示す。
「全部を全部相手に合わせてやれる程、俺は人が良くない。それに何より俺はこの話を、俺とこいつ等のどっちもが主体の――対等なものとして話してる」
阿頼耶は真っ直ぐな心で、夕貴にそう語ってゆくのである。
「俺が決めるのは、こいつ等を許すという事だけだ。こいつ等にとっての許され方まで、俺が決めたりは決してしない。……そこまでを俺が決めてしまったら、こいつ等の許される筋へのお膳立てまで俺がしてしまったら――その時点でこいつ等はもう、自分の心では立ち上がれなくなってしまう」
……大き過ぎる貸しを相手の心に作ってしまったら、最早お互いの、友人としての心の均衡を保てなくなる――ということだ。
阿頼耶はそこまでのことを考えて……二人が自ら主体となって、自らの力でその心を立たせることの出来る筋道を、残したのだ。
彼等にとっては勇気が必要なことであろう。
だがここで彼等がその道を通れたのなら……。
織絵とも自身の誠心誠意で向き合える可能性が、その友情をまた繋げるという、希望の芽がきっと残る……。
しかし、それでも……。
「お、俺には、お前が何言ってんのか分かんねえよ……!」
「織絵さんの事は、ほ、本当に悪いと思ってるよ。……けど、無理だよっ! この先ずっとあいつへの負い目を感じ続けるなんて、そんなの俺嫌だよっ!!」
二人は不安に震えた声でそう叫び、阿頼耶の前から逃げ出してしまうのだった。
「――おいっ!」
阿頼耶は立ち上がって追い掛けようとするが、それを、夕貴が制止した。
「止めろ、無理だ」
「お前の出る幕じゃねえ!」
阿頼耶は夕貴を振り払おうとする。
しかし阿頼耶だけに聴こえる声で夕貴が告げた「俺が織絵の事は捨てろとあいつ等に言ったんだ」という言葉で、その手は止まった。
「……っ!」
阿頼耶の手を振り解き、夕貴は、無理して人の良い笑顔を作る。
「重荷を背負った奴は、目立つ。何故なら周りの皆全員、重荷を背負いたがらないからだ。そしてそれ故に重荷を背負った奴等は排斥される。――孤独だと生き難いよな、阿頼耶?」
……阿頼耶にとっては、それもとうに理解出来ていることだった。
――(二)へつづく――




