第八話 生きているということは、死んでないということだ(前半・一)
阿頼耶は友人達と街に繰り出していた。
二人の男友達が馬鹿みたいにはしゃぎ、藤宮織絵がカラオケで力強い歌声を披露する等する中、阿頼耶はそんな皆を見守っていた――。
そして夕刻。
「なあ阿頼耶、お前今日ちょっと大人しくないか?」
不意に男友達からそう言われて、阿頼耶は頭を掻いた。
「そ、そんなこと無いだろ」
「なら良いんだけどさぁ」
深く突っ込もうとはしない男友達だったが、しかし、織絵はそうでは無かった。
「いいえ。彼の言う通り、今日の阿頼耶君からはいつものキレが感じられないわ」
「キレってなんだよ」
織絵の言葉が、刺してくるような鋭さを持っていたからだろう。
阿頼耶はその言葉には、速攻で勢いあるカウンターを決めていたのだ。
「それよ、その直ぐ自分のリズムで切り返してくるその切れ味のことっ!」
指差ししながら身を乗り出して言ってくる織絵に、阿頼耶は軽く息を吐く。
「けどさ、実際織絵さんの言う通りだぜ? さっきから口数も少ないしよ」
「つまんねーのかなって、こっちが気ぃ使っちまうわ」
男友達が今度は不満げにそう告げてきて、阿頼耶は流石にこのままじゃ良くないなと思った。
「……ごめん、そんなつもりじゃなかった」
皆からの視線、そこに籠った陰の気持ちをしっかりと受け止めつつ、阿頼耶は視界を彼等から外してそう答える。
彼の視線は今、目の前の景色……喧噪に湧く雑多な人々を映しては、いない。
虚ろな心であった訳では無い。言い表すなら、彼は虚空を見ていたのだ。
「阿頼耶? おーい、阿頼耶さーん」
「ダメだ、完全に陰入っちゃってるよ」
男友達二人も、こんな状態の阿頼耶に直ぐ『ノリが悪い!』と怒りだす程単純では無い。
しかし単純では無い故に、ただただ蒙昧に多くを気にして振り回されてしまう事も、往々《おうおう》にしてある……。
阿頼耶は二人の様子に気が付く。それは阿頼耶にとっては、今最も嫌う態度であった。
「ごめんって。いや、ちょっと将来的なことを考えてたんだ」
こういう蒙昧な態度を向けてこられる位なら、まだ、こっちが気を回して会話の軌道を修正してみせる方が良い。
しかしこれは彼自身からすれば、やはり精神が削れる思いである。
「将来、なぁ」
その単語に、ようやく男友達二人は気を取り直した。
「別になるようになるだろ。そんな気にすんなよ」
さっきまでと一転して、彼等は阿頼耶を励ます言葉を放つ。
多くの事を気にしてしまうから物の道理が分からなくなるのだ。ならば限定的な――己にとっての目先の事を、断続的に気に掛けていけばそれで一先ずは良い。
阿頼耶が漠然と将来について考えている、それだけでも分かったなら、例え浅いレベルででも話に乗る位はしてやる。
それが友達ってものだろうと、彼等はこの大量の雑多な物事に塗れた世界で思う。
「……」
……織絵は、何も語れずにいたが。
「ああ、ありがとう」
阿頼耶は、二人の気持ちには感謝をしていた。世界がこんな姿をしている事は、彼等だけの所為では無いと知るからである。
今日を心沈まず終わらせられればそれで十分――先が見えない今の時代ではそれが願いとなるのだと、阿頼耶は虚空を見据える瞳でそう受け止める。
……その虚空に、何か違和感を感じた。
「……!」
周囲に突如異空間の門が出現し、中から悪魔の軍団が沸き出たのである。
――来る前に、分かった……?
民衆の悲鳴が上がる中、阿頼耶は自分がその予兆を感じ取っていた事に意識が行く。
「おいヤバいぞ、逃げようぜ!」
男友達がそう促す。悪魔が多数現れるといっても、それでも彼等を含む民衆の方がまだ多い。
悪魔に狙われる順番次第では、逃げ果せる可能性は十分有るのだ。
「阿頼耶君!」
思い立ったように織絵が叫んだ。その呼び掛けに、阿頼耶の思考は友の事へと揺り戻される。
「――走れ!」
瞬間、言葉を発していた。彼のその力強い言葉で三人は一斉に駆け出してゆく。
阿頼耶も走る。皆と共に。
――何をイケると思ったんだ、俺は!
悪魔襲来を感知した事が、阿頼耶に、『勝てるかもしれない』という錯覚を生じさせたのである。
――(二)へつづく――




