第八話 生きているということは、死んでないということだ(序幕・一)
テレビで悪魔襲撃の映像を見ている阿頼耶と、母の愛美。
テーブルには二人分の夕飯が乗っている。メインのおかずは愛美の手製の唐揚げだった。
今、愛美は不安な表情をしていたが……それは悪魔に依る被害を恐れての事とは、少し、違っていた。
「……い、何時までこんな事が続くのかしら。……酷い、わよね。阿頼耶?」
微かに震えた声で、愛美はそう問い掛ける。
阿頼耶の方は、素の表情をしていた。
「もしかしたら、この世界が終わるまで……それかこの国の人間が、もう誰一人立ち上がる気力も無くなるまで掬火を吸い取られるまで、かもな?」
阿頼耶の返答の仕方の、その平然さ具合が――愛美の不安の元だった。
「ま、またそんな、怖いこと言って……だ、駄目よ?」
愛美は引きつった顔になって阿頼耶に注意したが、阿頼耶はそれを言い慣れた言葉であるかのように、「ごめん」と返しただけだった。
まるで心が籠っていない『ごめん』だった。本心では微塵も悪いと思っていない『ごめん』だった。
「あ、阿頼耶……」
唐揚げを頬張る彼に、愛美は掠れた声で名を呼ぶのが精一杯だった。
……阿頼耶の心は四年前に比べて、尋常では無い強さを得つつあった。
泣いても叫んでも、自分を取り巻く環境というものは変わらないと――彼は、悪魔では無く、自分と同じ人間達から学んでいた。
十三歳、中学二年生だった頃から四年の時を掛けて、自分の友人達やこの母を始めとする大人達から学び取ったのだ。
「……前にも言っただろ。テレビだけで悪魔関連の情報を見るんじゃなくて、ネットも併用して見た方が良いよ。テレビだとどうしてもさ、人が悪魔に襲われることの悲壮感ばかりを取り沙汰される。母さんみたいな人には、キツくなって当然なんだ」
阿頼耶はその言葉を、またも平然と告げた。
愛美の不安さは少しも消えない。
「ネットに溢れる個人的な見解の中には、まだ前向きな考えしてる人のコメントも載ってるから……でしょ? けどその一方ではテレビでも自粛して映さない悲惨な画像なんかを、嬉々として載せて、それで他人の不安を煽って悦んでいるような信じられない人のコメントだって有るじゃない。そんなの、目に入れたくは無いのよ……」
愛美の反論、それも以前阿頼耶から勧めを受けて断った時と、同じ内容だった。
民衆の中には、この四年の悪魔襲来時代でまた新たな価値観を見出した者も居る。
愛美が忌み嫌いながら言った連中の場合は、差し詰め破滅願望それ自体を例え後ろ向きにでも受け入れ、そこに愉しみを得るようになった、という所だった。
「そういうヤツのことは俺も嫌いだよ。でも多様性を認めるっていうのは、そういうのも引っくるめてのことだから、さ。そいつ自身が逃げる他人の足引っ張ってわざと悪魔に襲わせようとかしたなら、それはもうそいつを殺して良いと思うけど」
……阿頼耶は、それがどんな形であれ、愉しい事が無ければ人は自身の心を保てないものなのだと、しっかりと理解していた。
愛美が嫌った者達に対しても、その心に同調はしないが……それでも彼等が、自身の行為に依って心の崩壊を踏み止まらせているのだという事実を、その強い心で理解はしていたのだ。
そう。他者の心を理解するには、尋常では無い強さが必要なのだ。これは、人が他者に求めて良いようなレベルの強さでは、決して無い。
だから、この強さを持つ阿頼耶の心は、その強さは……愛美には決して理解が出来ない。
「――っ! やめてよ、そんな『殺す』なんて言葉を使うのは!」
愛美の、ヒステリックな声が食卓に響く。
阿頼耶はその声の感じに、『またか』と思う。
平然と。いや、少しうんざり気味に。
「……あ」
愛美は直ぐに、やってしまったという顔になった。阿頼耶の素の顔を見たからだ。
この表情を見た瞬間だけ、愛美の中で、彼が自分に何も期待していないのだという事実が思い出されるのである。
このやり取りはもう過去に何度も繰り返されている。
切っ掛けは様々だが、全ての場合に於いて共通しているのは、阿頼耶が年相応では無い強さを見せた時にこのやり取りが起きているということだ。
――鋭く熱い剣の刃のような強さを見せた時に、愛美は息子である彼に、その心を理解出来ないが故の拒絶反応を起こす。
「……ごめん」
阿頼耶はさっきと同じように愛美に謝った。だが、本心では自分が悪いとは微塵も思ってはいない。
それでも、出来るなら愛美のことを傷付けたくないという気持ちは有った。
彼女はたった一人残った、彼の家族なのだから。
阿頼耶は愛美に、彼に出せる優しげな声色で、こう言葉を掛ける。
「ご飯、おかわり。……母さんも食べなよ。俺一人で全部食べちゃうの嫌だから、さ」
その言葉で、完全に食の手が止まっていた愛美がはっとする。
「……うん。ちゃんとキャベツもしっかり食べなさいよ。バランス良くね?」
「食べてるよ。何勝手に肉しか食べないヤツみたいにしてんだよ」
「ふふっ」
阿頼耶の軽口に愛美は、ようやく笑った。
その笑みは彼女の強がりに過ぎないものだったのだが、阿頼耶は、その事にまでは気付けずにいた。
※
……遠い外から、阿頼耶と愛美が話す部屋の窓を、赤い髪のゴモリーが見据えていた。
「……これでは、彼にとっての悲劇は避けられない。だけど今私の力は、彼に必要とされない」
魔力に依って二人の様子を視る事の出来たゴモリーだったが、今はまだ、視るだけでいる事を守らねばならないと、そう自分を律していたのだ。
彼女は四年間、ずっとそうし続けていた。
――(二)へつづく――




