幕間 自覚が無くとも青春(三)
阿頼耶と織絵は中学の頃から知り合いで、違うクラスになった学年の時も、そこそこ顔を合わせる間柄であった。
だから彼らだけが共有する深い思い出の一つや二つは、自然の内に存在するのである。
織絵はその深い思い出を紐解こうとしているのだ。慣れた間柄である故に、過去の紐解きには若干の熱量だけで済む。
しかし阿頼耶の方は、その思い出に対する感情の熱を全く表さない。
「俺らの年頃で何年も誰かに憶えられてるヤツってのは、クラスで目立つ不良だったとか、ネットでの繋がりの中でフォロワーが多かったヤツとか、そういうのだよ。友達思いなヤツってのは別にそんなに。……あの頃の皆は別に、友達に自分の事を思って欲しいとか、そういうんじゃあ無かったからな」
阿頼耶は織絵の思いとは反して、自分の事を、周りから見て至極薄い存在だと思っている。
「阿頼耶君、時々言ってること難しいよ。そういうんじゃ無かったって、どういうことなの?」
――ホント、阿頼耶君の物の言い方よね。
織絵はそんな風に思いながら、こちらから聞けば或る程度は答えてくれると知る彼に、そう問い掛けた。
「多くの連中は、仮に口で『心が辛い』とか言うことはあっても……実際に誰かに自分の辛い部分を見て欲しいとか、触れて欲しいなんてことは思ってないのさ。どんな時でも逆に、自分が見てて気持ち良いと思う誰かのことを見ていられたなら、それだけで良いって、そう思ってるんだよ」
今は自分の感性に合う心地良いものを見付けるのが、そんなに難しくは無い時代だ。
それが芸能人であれ配信者であれ、漫画であれ映画であれ。――検索するセンスが致命的に欠けている者でも無い限り、何かしらハマれる内容物には気軽に出逢える。
リアルの方を充実させられる者であれば、決められた道から外れているのが刺激的に見える悪なヤツや、何をやっても様になる顔の良い男か女に、自分から恐れること無くお近付きになって青春を謳歌する。
だから生きている中で自身に辛いことが起きたとしても、実の所は、そこに直接触れられる事無く、どうにかやり過ごしていけるだけの愉しみを得るのに困ったりしない。
今というこの時代に十七歳である阿頼耶は、この現在の若者のそうした時勢が分かっている。
「だから中学ん時の連中も、リアルかネットかは知らないけど、その中の何か自分に合うものを見付けて上手く愉しんでるのさ。――あいつらにとって俺みたいなのは寧ろ、自分の見られる必要も無い心の内を見ようとしてくる激しく鬱陶しいヤツなんだよ。忘れ去りたい位の筈だ」
落ち着いて、淡々とそう語る阿頼耶。
織絵はそんな彼を見て、溜息一つ吐いた。
「それって、例えばあの佐山理沙辺りのこと言ってる?」
織絵はその女の名前を、いとも簡単に口にした。
……ずっと落ち着いた様子だった阿頼耶が、その名にほんの少しだけ不機嫌さを露わにする。
「お前にとっては自分をいじめてきた連中の主犯格だろ。わざわざそんなヤツのこと口に出すなよ」
「気遣ってくれるの嬉しいけどさ。阿頼耶君にとってはあの子も大事な友達だって分かってるから、今この話題に出してるのよ」
「……そうだけど。それにしてもお前、ホントに平気なんだな。中学の時からのその強さ、マジで見習うよ」
阿頼耶は呆れたように言ったが、しかし織絵は彼のその本音が見える言葉に、ふっと微笑むのである。
「ありがと。けど阿頼耶君はこういう言い方嫌がるかもしれないけど、私は佐山も含めてあの連中のことは、今でもずっと雑魚だって風に思ってるから」
彼女もまた、自身の本心からそう語っていた。
言葉に力を籠めず、余りにもさらりと言ってのける彼女に対し、今度は阿頼耶が溜息を吐く。
「もうあのガキだった頃とは違う。――俺はお前が自分の言動に責任を持ってるヤツだって知ってるし、『そんな酷いことは言うな』なんてことは言わないよ」
阿頼耶は中学二年生の頃、織絵がクラスの数人から、無視などの嫌がらせを受けていたことを知っている。
それを止めさせたのが阿頼耶自身なのだから、当然だ。
発端は、織絵が自分に愛の告白をしてきたクラスメイトに『気持ち悪い』と言った事。
良くない振り方であったのは間違い無い。しかし当時の織絵は、そもそも恋愛感情そのものを、生理的に受け付けられない少女だったのだ。
気持ち悪いと言葉に出してしまったのも、相手の少年が食い下がってきたからである。
例えそれがその少年にとって情熱から来る行為だったにせよ。それ自体は織絵にも分かるものだったにせよ。
彼女はその押し付けがましい行為に対し心の底から湧き出てくる嫌悪感に、頭がどうにかなってしまいそうだった。
だから自分の心を守る為に、その告白を気持ち悪いと断じたのである。
それ以後、織絵はその振り方に反感を覚えた佐山理沙らから、いじめを受けるようになった。
しかしその事で彼女は、逆に自分の意地を見せた。そしてその意地を、自分の意思で貫き通した。
……今の織絵は、静かさの中に強さを放つ表情をしている。
「うん。自分の発言が元で相手から嫌われる時もあるってことは、覚悟してる。なんの代償も無しに、自分の嫌だと言う権利を押し通してるだけなんかじゃない」
彼女は、その一線を越えたら後は完全に関係が崩れるのみという、その一線を――理解した上で、それでも自分の感性を手前勝手な正義感で壊そうとしてくる者達に、敢然と立ち向かう為に踏み越えたのである。
もし阿頼耶が間に入っていなくても、遠からず織絵は佐山理沙らに勝っていただろう。心の痛みは幾分多く受けたであろうが。
いじめが無くなった後。佐山は阿頼耶と織絵との関係が断ち切れ、彼らと同じ高校に通っている今でも、二人からは離れ続けている。
「私も悪い事をした。けど私に謝らせようとする為に群れるなんて選択をした佐山達は、やっぱり雑魚よ。……馬鹿にしてるなんてのとは違うけど、でも私にはあの子達がそう見えてしまうんだから、それ自体はもう、しょうがないじゃない」
「だから分かってるって。……お前は俺にもアイツらを雑魚だと思えなんて、そんなこと強要したりはしてないだろ。そこも含めて責任持ってるってことなんだから、俺はお前の思いを尊重する。それに、実際俺達は今でも友達だろ」
――例え思いの形が違ってたって。阿頼耶は言外にそう加えた。
――(四)へつづく――




