幕間 自覚が無くとも青春(一)
十七歳となった阿頼耶は、高校三年のクラスメイトと上手く接していた。
学校帰り。彼は友達とスイーツが人気のカフェ・ファルラペで、今憩いのひと時を過ごしている。
「阿頼耶君、やっぱり進学はしないんだね?」
テーブル席で彼の隣に座る、阿頼耶の数少ない女友達である藤宮織絵がそう尋ねてきた。
「ああ。母さん一人の稼ぎじゃ学費を払うなんて重荷過ぎるし、かといって俺自身、バイト代を学費に充ててまで大学行きたいとは思わないから」
落ち着いた声色でそう答える阿頼耶。
向かい側に腰掛けている男友達二人が面白おかしい風な感じで、この話題へと言葉を重ねてくる。
「阿頼耶そんなに成績悪くないのになー。――さてはさ、もうどっかのおねーさんに養って貰うことが決まっちゃってるとか?」
「有り得るなー。アレだろ、今密かにオトナの女の間で、年下の男の子を飼うのが流行ってるっていう例のヤツ?」
「無えよ」
「えー、ホントかなぁ?」
阿頼耶が否定しても尚ニヤニヤしながら追求してくる二人。一方の織絵は呆れ顔を見せる。
「アンタ達、しょーもないネットの情報に悦んでんじゃないわよ」
「はっは、悪い悪い。でも『悪魔に怯える日々に癒しを求めて』なんて括りが付いてたらさ、もしかして俺達にも可愛がられる役が回ってきたりするかもって思うじゃん?」
「悪魔の襲撃で世の中荒む一方かと思いきや、オトナのおねーさんは逆に純粋な少年へと、より強い価値を見出すようになったのだ――って、寧ろ美談ぽく纏められてたよなー」
飼うというのはあくまでも比喩で、実際は恋人の真似事のようなもの。時には餌をあげたり、ペットを可愛がるみたいに接するから、飼うと例えられているのである。
軽薄なノリで淡い夢想を描く二人の男友達だったが、しかし彼らも決して、元が馬鹿な気質をしてる訳では無い。
「『そんなの不謹慎だ』なんて文句垂れてるヤツも居るけど、でも正直今のこの時代じゃあ、愛の形だって色々あって当然だと思わねえか?」
「そーそー。愛がある分全然マシだって。ネットの中にはさあ、同じ人間だってのに他人の悪魔への不安に付け込んで、最終的に自分の考えと同調させようとするヤバい思想家とかも居るしな」
彼らは自分なりに得た情報を精査している。無論その限界は早い段階で来てしまうものだが……。
それでも少なくともこの国には自分と考えの異なる者が大勢居て、更にその異なる考えもまた膨大なのだということを、知ってはいるのだ。
それを知った上で、ここではわざと戯けているのである。友達同士の会話なのだから、それ位はする。
阿頼耶はそんな二人の言葉をちゃんと聞いた上で、こう語る。
「思想家ってか、思想屋って言って良いかもな。そいつら口じゃあ上手いこと言ってるけど、実際悪魔が出た時に、先陣切って何かの行動を起こしたりとかはしないだろ」
織絵もまた、阿頼耶の言葉に同調の意思で被せてくる。
「あー。でも昔からそういうヤツって居たよね。悪魔襲来時代になって、またこの時代ならではな民衆心理を『自分はいつだって物事の第一人者ですよ』って感じで言い当ててさ。そんで実際それなりの数の支持は得るの。――けど第一人者って、結局の所何を以てそう言うのよ? いっそ悪魔相手に直接動いてインタビューでもしてくれれば、まだ凄いなって思うけど」
やや過激なことを白熱気味に語る織絵。そのテンションに、男友達はつい笑ってしまう。
「いやいや、それは流石に厳しいっしょ」
「織絵さんホント容赦無いっすわ、ぎゃはは」
愉しい雰囲気。友人との会話はそういった空気が自然だ。
例え世の中に悪魔が現れても、自分達もいつ襲われるか分からなくても。それでも彼らは、日々の小さな幸せの上に立つ術を知っている。
今だからこその若者の気風、というものは存在する。例え彼ら友達同士だけの絆の世界が、吹けば飛ぶような小世界に過ぎないものだとしてもだ。
彼らは悪魔襲来時代の前から、幼い頃にはもう既に価値観の多様化した時代で、思いの形が細分化された無数の小さな世界の中を生きている。
そのことに慣れ親しんでもいたのだから、自分達の傍に在るその小さな幸せの分は、今、はっきりと自分の意思で謳歌するのである。
……ただ。
その中にあって尚、阿頼耶だけは何かが違っていた。
「そうかな。フレンチキッス属を一匹どうにか捕まえて締め上げる位なら、なんとかならないか?」
それまでと全くテンションの変わらない落ち着き払った口調で、彼は静かにそう言っていた。
「い、いや……でもあいつら、出て来る時はいつも大勢で来るからな……」
「そうマジに言われてもな。ど、どうなんだろな……?」
阿頼耶の言葉に男友達はあからさまに戸惑っていた。
戸惑いの目で、『お前何をマジに言ってんの?』とそう告げていた。
織絵だけが今の阿頼耶にこう思っていた。
――まったく、キミらしいね……。
「だってもう悪魔が出るようになって四年だぜ。いい加減ムカついてくるだろ、人間だって」
織絵は知っている。こういう時の阿頼耶は、いつだって本気だということを。
――……。
しかし、ここで彼にどう答えてあげれば良いのか。そこまでは分からなかった。
対人関係の事ならともかく、悪魔が相手の話では幾らなんでも腰が引けてしまうのである。
ただ。それでも彼らしいと、半ば確信めいて思う。
――(二)へつづく――




