第七話 祝福と呪縛は似ている(終局・三)
――二人は、同時に動いた。
お互い距離を詰めるが、先に攻撃を仕掛けたのはリーチで勝る騎槍を持つアスモデウスだ。
高速の突きを繰り出す彼の動きを、ビフロンスの眼がしっかりと捉える。
数度の攻撃を金剛所で打ち払う。
そして見切りを付けて、騎槍の穂先へと金剛杵の鉤爪を差し込み動きを封じた。
「ちっ!」
二人の身体から放出される魔力のオーラが、互いへと微かに干渉をしてバチバチと音を立てる。
まるで相手に対し遠慮し合ってるかのように。
「らしくないねアスモデウス。深層心理では迷っているなんて、さ」
「上から目線で物を言うな。お前だってそうだろうが」
他の悪魔からは『何を考え、しでかすか分からない奴』と言われるアスモデウス。そんな彼に『何でも知ってる』なんて素振りで接してくるのは、このビフロンス位のものであった。
アスモデウスは、そんな彼女の存在を、古くから心地良く思っていた。
「そう、だね。なら、僕の方から迷いを捨てるよ――!」
彼女は金剛杵を引き、そして念を籠める。
両端中央部の刃から緑光が立ち昇り、二つの剣身を形作った。
「特性変換か!」
「体も、温まってきたからね」
ビフロンスは舞を踊るような動きを取りながら、時に金剛杵を回転させる動作も織り交ぜて、前後両の剣身で多段の手数で攻撃を放つ!
攻めて、攻めて、攻めまくって、ひたすらアスモデウスの騎槍の守りを掻い潜らんとする――!
アスモデウスが、圧倒される。
「ぐっ! 涼しい顔でとんでもない動作量を熟しやがって!」
「舞では表情をころころとは変えないものだろ。色欲を司ってもいるキミなら、時に美麗な人間の女に、目の前で舞わせた事だって有るんじゃないのかい?」
ビフロンスは素の表情でそう語りかける。その最中に於いても攻めの手は一切緩めていない。
「有るさ! ただお前と舞というものが、俺の頭の中では全く結び付かなかったというだけだ!」
アスモデウスの堂々とした返答。それを聞いたそのほんの一瞬だけ、彼女はジトッとした目で彼を見た。
「そっか。――キミらしいなって、そう、思うっ!」
ビフロンスは逆手の構えでアスモデウスの騎槍と打ち合う――その直前に、小指側の光の剣身を消した。
そして鉤爪状の突起が動いて、騎槍の柄の部分を咥え込む。
虚を突くようなその動作にアスモデウスは対応し切れず、その身に張り巡らせる力を途切れさせてしまった
「――ッ! 変幻自在だな!」
「そうさ。僕っぽい、だろ?」
ビフロンスのこの動きは、まだ攻めの途中の動きだ。
継続して舞っていたその体の内に巡る力が、まだ生きているのである。
鉤爪を開き、彼女は体をぐるりと時計回りにターンさせる。
そしてその回転の力を金剛杵を持つ右手にも乗せて、その勢いで親指側の今尚光る剣身を、アスモデウスの胴の下から上へと振り上げた。
ビフロンスはターンの最中、背を向けている状態であっても、その右手に肉を斬り裂く手応えを感じていた。
――これでキミは死ぬ。そしたら、キミと一つに……。
ビフロンスはそのまま金剛杵を振り抜かんとする。
そして――自身の身体が再びアスモデウスの方へと向くその刹那に、彼女は、彼の左脚が大きく上がって、彼女の顔面へと襲い掛かるのを目の当たりにしたのだ。
「――ぎゃふっ!!」
足の甲が、頬にめり込んで、鼻骨を割った。光の剣身もアスモデウスの胴の途中で霧散させてしまう。
ビフロンスは後ろによろめきながら、この衝撃の要因を強く頭の中に浮かべずには居られなかった。
――カウンター!? この死が決まるという所で、それを決めるだなんて……!!
端正なその鼻から血を流しながら、彼女はアスモデウスを視界に捉える。
衝撃の所為で、定まらない。しかしそんな事に意識を向けている場合では無いと、彼女は分かっていた。
無意識だった。無意識の内に、彼女の表情が戦意を露わにし始めていた。
それと同時に――。
「レ・ユイット・クー・デ・ロルロージュ!」
アスモデウスは魔技・八点鐘をビフロンスに向けて繰り出していく。
ビフロンスは彼の揺らぎのオーラ纏う騎槍を前に、いっそ瞳を閉じた。
ただでさえ視界が乱れているのだから、見るだけ無駄だと自らに断じたのである。
――騎槍に籠るキミの魔力と戦意を感じ取る。良く知る二つだ、絶対に僕は間違えない!
舞の動きで回避する。四撃目で左腕が千切れ飛んだが、彼女は――体が軽くなったと思えば良い! ――と念じてみせた。
八撃目までを躱し切る。次に来るものを、彼女は良く知っている!
「カルム――!!」
九撃目の音速の突きに、彼女は金剛杵の防御を的確に合わせる。
それでも、その防御を騎槍の力が超える。
――――――ッ!!!!!!!!
金剛杵を持つ手が弾かれて、ビフロンスの残る右腕が根元まで消し飛んだ。
鮮血と緑の光が音の衝撃に乗って散る。
……ここで、しかし彼女の閉じた瞼が開いて、戦意の輝きを彼へと向けた。
冷然としていて、それでいて熱い。異質で、けれど綺麗な輝き。
少なくとも、アスモデウスにはそう見えた。
「……」
「まだ、だよ……!!」
ビフロンスが放った最後の念に、遠くまで散った緑光が呼応する。
肩の傷から夥しい血が飛んで、緑光の先の金剛杵へと届く――。
「天元夜叉――!」
それは己の血に意思を通じさせ、手足のように自在に動かす魔技。
ビフロンスは他のどの動きも取らず、ひたすら高速で金剛杵をアスモデウスの胸に打ち込もうと血を操った。
ずっと彼の、アスモデウスの顔を見つめながら。
彼の左掌が自分の心臓の位置にそっと当てられても、尚――。
「デストリュクシオン」
破壊――ただその意だけを持つアスモデウスの魔技。
その魔力の放出に依って、ビフロンスの左胸は心臓ごと撃ち抜かれた。
「――ッ!」
彼女の血が再び散って、彼女は一度死に、その意識が数刻の眠りに就いた。
――(四)へつづく――




