第七話 祝福と呪縛は似ている(後半・五)
アスモデウスを灼く炎も、大剣も、消え失せていく。
……ベリアルは消え往く意識の中で、最後にこう思う。
――こいつもこの小僧も変わり、私だけ置いていかれる、か……。ふふ、やはり、名を知っておくべき、で……。
アスモデウスの魔技の余波が阿頼耶の全身に襲い掛かったのと、ベリアルの魂の奥底に在る魔霊がアスモデウスの身体に迫ったのは同時だった。
「ぐあっ!!」
「ぬうっ!!」
阿頼耶は衝撃の強さに精神にまで打撃を受けて立ったまま放心の状態となったが、アスモデウスはその意識を留め続ける。
――悪魔殺しの代償! 俺の中の我の意思をも食い破る魔霊同士の激突、か!! しかし、絶対に食われてやる訳にはいかん!!
アスモデウスは全精神を蝕む想像を絶する苦痛に、渾身で刃向い続けた。
――この少年の死の危険を、俺は承知で撃った! 撃たずにいる事がこいつにとっては無礼に当たると、そう理解したからこそ撃った! だがこいつは死なん!
彼が阿頼耶から得た確信。
――こいつはいつか必ずこの現代に於いてあのソロモンに匹敵する存在になる! その邪魔になる悪魔は誰であろうと、俺が殺してやらなくてはならん! 俺もこいつも、こんな所で絶対に死んだりなどするものか!!
アスモデウスは全身全霊で、自分の中のあの悪魔へと語り掛ける。
――なあベリアル、お前も俺と一緒に来いよ。例えその思いは残滓になろうと、それでもお前の王威はこいつにとって役に立つ。お前を負かした相手だぜ? 王ならばこそ、率先して勝者の礎になってみせろ。
はっきりと不遜な物言いをする。しかし全力で戦い合った相手には、同情が一番邪魔なのだ。
――こいつという人間を、好きになり掛けていたんだろう? この俺に隠し切れるもんかよ。
…………。
……アスモデウスが、悠然とした態度で背筋を正した。
「……ああ。お前も少しは変われるさ、ベリアル」
精神に痛みは走っていたが、アスモデウスはその自我を維持していたのだ。
彼は阿頼耶へと振り返る。
「……あ、ぐ!!」
「俺の昂った魔力が、今お前の精神を駆け巡っている。より純粋な魔力だという事だ。――だがお前なら破壊などされず、絶対に飲み下して馴染ませる事が出来る。何日掛かるかは分からんが、必ずだ」
彼は阿頼耶の心に波紋を投げ掛けるように語っていく。
そしてその左手を、阿頼耶の右手に重ねた。
「――お前は右手にその魔力の粋を傾ける性質だな。当然、まだそのやり方までは分かっていないだろうが。……その核となる力だけ、掬火の形にして俺が預かっておく」
アスモデウスはそこで、一つ息を吐く。
「お前、名前は?」
意識の無い阿頼耶だったが、その質問には、少し間の後、答えた。
「セナ・アラヤ……」
「分かった」
アスモデウスは手に念を込めて、阿頼耶から、言った通りの掬火を抜き出して自分の中へと入れる。
「手前の力を誰かに委ねるのは癪だろうが、人間の身である以上、引き出せる力にも限界がある。だから俺の悪魔の血の知識で、お前でも扱い易いようお前の魔力を熟成しておく。これも俺達が共通の血を持つからこそ可能な交わり方だ」
そう言いながら、しかし彼は、最後の最後に苦笑した。
「――まあ返す時に一発位は殴られてやるさ。それで許せ」
壮麗で悠然と振る舞い続けた彼が、阿頼耶だけに見せた笑顔であった。
※
この後アスモデウスは、阿頼耶の前から姿を消した。彼はこれから先、地上に降りてくる悪魔の中で、自分が殺すべきと思った相手に、戦いを仕掛けていく事になる。
阿頼耶は、この場に辿り着いた母・愛美に依って保護されて、およそ四か月の間眠り続ける。
そして目覚めた後、愛美の口から、父・遥人が悪魔に殺されたという事実を聞いたのだ。
――終局へ続く――




