第七話 祝福と呪縛は似ている(後半・四)
さっきまでとは違い、二人はもう戦闘領域を大きく取る戦い方をしなかった。
騎槍がベリアルの左肩、左眼間際を連続で穿ち、そして三撃目で、アスモデウスの腹を両手持ちの突きで貫こうと迫る大剣の、伸ばした腕の左側を裂いた。
大剣はアスモデウスの腹を突いたが、先んじて撃った三度の騎槍の攻撃が、僅かにだがベリアルの踏み込む力を削いでいた。
最初から大剣をその身に受ける事自体は構わなかった。
――削いだ力の分だけベリアルの斬り裂く動作が遅れたその隙に、彼は大剣を筋肉の力で咥え込み、更に騎槍を捨てて奴の左腕を掴み動きを封じたのである。
アスモデウスは空いている左手に、膨大な魔力のオーラを集中させ始める。
「オオオォォッ――!!」
……ベリアルはアスモデウスが繰り出そうとしている魔技を、かつて一度見た事があった。
――バエルに向けて撃ったアレか! あの時は、意図して外しておったが……。
それは当時のアスモデウスが、自分は禁忌破りを視野に入れていると、全悪魔に向けて知らしめる為に起こした行為だったが……。
しかし彼の相手であった悪魔バエルが、その魔技を避けようとする素振りをまるで見せずに、その上で――。
『まだだよアスモデウス、今はまだ、同族殺しをヤる時じゃあ無い。俺は、あのソロモンに代わる奴が地上に現れでもしない限りは絶対にヤらない』
――そう言って彼の鋭き戦意を、柔らかく往なしてみせたから、彼は外さざるを得なかったのだ。
だがそれでもベリアルはあの魔技が悪魔の禁忌破り、その意思の原初の現れを象徴するものであった事を認めている……。
「その魔技、撃ちたければこの力を凌いでみせろ! ――セイクリッド・オウレオール!!」
神聖光輝――大剣の刃が白く輝き、そして其処に生じた純粋の聖なるエネルギーが超高熱となってアスモデウスを襲う。
……ベリアルが有するその断固たる姿勢は、かつての時代では人間から、神の威光を伝える勢力の代表格としての信仰を得ていた事もあった。――悪魔と神もまた、複雑に交わっていたが故に。
輝く大剣の熱が、アスモデウスの全身を巡る炎となって焼き尽くさんとする。
「――ぐうっ!!」
苦悶に呻くアスモデウス。それでもその左手のオーラは消さないが、ベリアルに向けて解き放つには至らずにいる。
死力絶招の力に依って光輝のエネルギーに耐えてみせているが、奴へと攻め抜く為の、あと一息の力を振り絞る事が出来なかったのだ。
撃てば確実にベリアルの命は絶たれる。それはベリアル自身も理解している事である。
だが、それでも奴も決して大剣を手離さない。
死力を尽くし合う者同士の戦いに於いては、少しでも引きの姿勢を出してはいけない。
光と闇の激しい眩さは、阿頼耶の意識も覚醒させた。
「んだよ、アレ、は……!」
起き上がりながら彼はベリアルとアスモデウス、二人の様相を凝視する。
――なんでもアリなのか、こいつらは。
何処までも自分を掛けて、この死と隣り合わせの状況であっても、互いに一歩も引こうとしない。
――……それに比べて、俺は。
「――なんだとっ!?」
「お前――!」
二人の悪魔が、この時には驚きの表情を見せた。
「……なあ、そのままだといつまでも決着が付かないままだぞ。ここまでヤってて、それは、ダメだろ?」
阿頼耶が酷く弱々しい顔で、二人のすぐ傍へと来ていたのだ。
少なくとも、彼は自分では自分の存在の小ささを認めている――つもりだった。
彼の身体からは微かな影のオーラの揺らめきが起こっている。しかしそれは、体内の方に尋常では無い程の魔力が充満しているが故の事であり……。
……その事に、彼自身が気付いていない状態だった。
「ば、馬鹿者めがっ! 死にたいのか!!」
ベリアルが、思わずそう叫んでいた。
「……くっ!」
アスモデウスでさえ、『離れろ!!』という言葉を出し掛けていたのである。
この位置ではどうあっても巻き添えを喰らうのは必定。
しかし――。
「俺は……」
阿頼耶はゆっくりと、半ば無意識的に、心に抱いていた思いを――。
「お前達みたいに、他の誰かに、自分の気持ちをぶつけられない……」
自分の言葉で、紡ぐだけだった。
クラスの友達も、父も母も、自分が素直な気持ちを言うと嫌な顔をする。だからきっと自分の存在は他者と交わる事に向いてないのだろう――と、そういう理解の仕方をしていたのだ。
でもだからこそ、阿頼耶には阿頼耶にしか至れない視野を、獲得し始めていた。
「この戦いの次に何が在るのかを、俺に見せろよ……。それ次第でさ、俺も、何か変われるようになるかもしれない……」
人間同士の中だけでは無理だというなら、この強大な悪魔達に向けて、自分の思いを投げ掛けていくしか無い――。
これは余りにも危険な思考で、しかしそれだけに真実性を秘めた行動となると、この時阿頼耶は直感していたのだった。
「変わる……!?」
ベリアルは、その言葉に戸惑って――。
「……ふっ」
アスモデウスは、同じその言葉に確信を抱いた。
「――オオオッ!!」
そして再び気力を振り絞った。それは阿頼耶の言葉を受けた事で、彼の中に新たに生じた力だった。
左手の膨大なオーラが更に膨張する。
それそのものが暴威となる程に――!
「ドーンライト・マギクス・シニストラァァァッ!!」
純然たる壊魔の左掌――悪魔を破壊する意思の結実の魔技、その暴威の手がベリアルの顔面を掴んで――。
「――ッ!」
――奴の精神、魔力、死力全てと共に砕いた。
――(五)へつづく――




