第七話 祝福と呪縛は似ている(後半・三)
ベリアルが阿頼耶に向けて、笑う。
「そう、だからこの赤い血は最早どの種族のものでも無い『普遍の血』なのだ。しかしその血の遺し方には違いがある。お前達人間は子孫に伝えることで血を新しくしていったが、私達悪魔は個の魂はそのままに、掬火の魔力を遣うことで相手種族の血を肉体に取り込み、そしてそれを完全に馴染ませる為に転生を行っていったのだ。――小僧、この違いが生み出す差が分かるか?」
阿頼耶はその問いに対する答えを言う事が出来なかった。しかし、直感的に分かっていた事は有る。
視線をベリアルの胸下の傷へと移す。
よく見ればその空いた穴には、血に依って形作られた繊維のようなものが張り巡らされていた。
更にそこから放出される魔力のオーラが、空いた隙間に薄く波打つ膜のような状態となって、広がっていたのである。
血と魔力が融合し、その力で、身体の傷付いた部分とそれに依って消耗した生命力までもを補う――。
「ふふ。そうだ小僧、この力よ。死力絶招……永き時を我として生き続けた私達は、この血が秘めるこうした異能を引き出す術をも、識っておる!」
ベリアルは阿頼耶の頭に置いた手にぐっと力を入れ、更にその顔を彼の眼前へと寄せていく。
「私の血を浴びるのが光栄と言ったのはそれ故だ! お前達人間のような、ただただ数だけを増やしてその実己に秘めた力は腐らせてきた愚者どもとは、悪魔は種としての完成度が違っておる! ――どちらがこの地に君臨すべきか、答えは周囲の人間らの惨状を見れば既に明らか。小僧、お前もそう思うだろう!!」
有無を言わせぬ程の、圧力を発する口調。
ベリアルは何よりも己の言葉に、自信という名の力を纏わせている。圧力の有る言葉を放っているのでは無い、奴の心の底から来る自信が、放つ言葉を力足らしめているのだ。
「――ッ!」
阿頼耶は何も言い返せなかった。
……彼は、まだ十三歳の少年だ。
自分の思いを上手く言葉で表現する力さえ、まだ成熟出来てはいなかった。
しかし……。
思いを伝える術それそのものは、決して言葉だけという訳では無い。
「――がはっ!?」
ベリアルの顎を、阿頼耶の右の拳が打っていた。
阿頼耶はギラつく眼光で、奴の眼を見返す。
――気に入らない奴! 俺の神経を無性に逆撫でるこいつが嫌いだ! ――と、真っ直ぐな心でそう思う。
――ああ、そういえば佐山もあの時、俺の言うことに腹を立てて掴み掛かってきた。俺は正しいことを言ったと今でも思ってるし、あいつの行動は良くないことだったとも思ってるけど、それでも、それだけを基準に俺はあいつの思いを見てた訳じゃない!
同じ人間でも自分の思いが擦れ違う事はザラにある。それなのに、ただ自分が悪魔だというだけで、その意思を押し通せると思っているこのベリアルという奴が居る。
――……絶対に折れてなどやるもんか。例え相手が皆俺の思いを見ようとしなくても、それで俺の思いが無いものになる訳じゃあ無い!
それらの思いが一瞬の内に心に生じて、その末に、殴った後で言うべき言葉が見付かった。
「俺が、まだ立ってるだろうがあアァァッ!!」
ベリアルが、一歩後ろによろけた。しかしその眼は阿頼耶がそうしているのと同様に、彼の顔を捉えたままである。
阿頼耶はこうも続ける。
「人間を滅ぼしたいなら、俺を殺してからにしろ――!」
「……ふん!」
ベリアルが自身の拳で、阿頼耶の顔を張り返していた。
「がはっ!」
阿頼耶の身体が宙を飛んだ。全身を、地面に激しく打ちつける。
「馬鹿者めが。お前如きの命など、誰を守る壁にもなりはせぬわ!!」
奴は忌々しげに地に伏したままの阿頼耶を睨んで、そして拳に付いた阿頼耶の血を振り払った。
「勝負が付いたようだな」
アスモデウスの言葉が、張り詰めたこの場に響く。
その言葉に、ベリアルがはっきりとイラついた顔になった。
「……勝負だと? 貴様、私とあの小僧が戦いを行っていたと言うのか」
「ああ。だから終わるまではと、俺は身を引いていてやったんだぜ」
食い込んでいたベリアルの大剣を抜き、奴へと返してやる。
冷静な口調。傷口が開いて血が噴き出したかに見えたその横腹は、彼自身の死力絶招に依って仮初めに塞がれた。
痛みは消えない。しかしそれでも彼は悪魔と人間の意思のぶつかりを前に、一歩引いた位置から何かを見定めていたのだ。
……ベリアルは怒りの表情のままに続ける。
「痴れ言を抜かすな。小僧が噛み付いてきたから咎めただけの事だ」
「違うな。もっと早く、あいつがここにやって来た時から既に、俺もお前もあの意思の強さに絡め取られていただろうが。……ベリアル、お前は其処に俺以上の脅威を感じて、あいつへと挑み掛かったんだ」
「……!」
アスモデウスの眼が、冷徹に昂る熱さを湛えてベリアルを見据える。
「お前の振る舞いはお前が決めればいい事だ。しかしお前は、己の戦いの勝敗を測り損ったりはしない奴だ」
彼の眼をじっと見返しその言葉を聞き続けたベリアルの中の――何かが、キレた。
「……貴様を殺す。そして次は小僧と人間共だ」
「俺はお前の事が嫌いじゃあ無いから忠告してやるよ。あいつに名を聞いておけ、でないと心残りを抱えたまま死ぬ事になる」
悠然とそう語った彼はもう、ベリアルでは無く、その背の遥か向こうに在るものを視ているようだった……。
「――ッ! 一人で喋るなぁっ、アスモデウスゥゥゥッ!!」
ベリアルが仕掛け、そしてアスモデウスも同時に動いた。
――(四)へつづく――




