第七話 祝福と呪縛は似ている(後半・二)
「くっ!?」
一瞬、阿頼耶は目を塞ぐ。
そして再び開いた時に、二人の悪魔のその姿が、彼の目にもようやく映ったのであった。
互いに致命傷と言える程の大きな傷を負っていると、少なくとも阿頼耶にはそう見えた。
――やっと、見えた……けど……。
その凄絶な様に息を飲む。しかしそれ以上に、彼は悪魔達の或る点を疑問視する……。
アスモデウス、そしてベリアルも、倒れないのだ。
暫しの静寂。それが阿頼耶に、自らが受けたベリアルの血の感触への意識を生じさせていく。
生温く、肌に張り付く仄かな粘度。そして……。
――ッ!?
阿頼耶は奇妙な感覚に陥りながらも、その赤い血にこう思わざるを得なかった。
――人間の、血?
鼻腔を突く微かに刺激ある匂い、唇に滴り舌にまで滲む事で感じた、鉄分の苦さ。……それらの特徴は、余りにも人間から流れるそれと同様であったのだ。
「ぐっ……。流石だなアスモデウス、殺意で私に劣らぬとは……」
「己の身を顧みない……ヤると決めたなら、ヤる。お前も相当なものだぜ……がふっ!」
ベリアルの肺を潰したアスモデウスの、胴に食い込んだ大剣の傷もまた大きかった。
彼が口から吐いた血も、やはり赤い。
いや。
阿頼耶が最初に見ていた時から、二人の全身から流れている血は確かに赤かったのである。
しかし。
阿頼耶はその顔に血を受け、感じて、初めてその色の意味を思い知った。
阿頼耶の困惑の表情を、ベリアルがふと振り返って眼に入れる。
「……ふん」
奴はその体を魔力の影と変化させ、瞬く間に阿頼耶の傍へと迫った。
……アスモデウスは微かに眼を細めたが、しかしベリアルの行動を赦す。
「人間で在りながらこの私の血を受けられた事、光栄に思えよ」
「ふざけるな! こんなもの、人間のと同じなんの変哲も無いただの血じゃないか!」
ベリアルの言葉に、阿頼耶は反射的にそう言い返していた。
「何?」
「その癖して、さも特別な血だみたいに言ってんじゃねえっ!!」
阿頼耶は……この二人の悪魔が人間のような特徴を併せ持っているという事実それそのものには、心が動いていた訳では無かった。
彼にとってはそれよりも、べリアルが自分を理不尽に下に見てくる事への無性にイラつく気持ちの方が、遥かに重要だったのである。
口に含んだベリアルの血を、奴の前でフッと吐き捨てる。
ベリアルは鋭い眼光のままに阿頼耶の仕草を見て、しかし、余裕の心で小動物を愛でるような、そんな微笑を浮かべていた。
「……私とアスモデウスの今の様を見て尚逃げ出さないその精神の強さを、確かに認めてやろうと思ったのだがな。成程、お前はこの血をそう見るか」
肺に穴が空き、今も夥しい血で塗れているというのに――それでも奴は阿頼耶の頭にそっと手を置いて、優しく撫でる。
阿頼耶は間髪入れずにその手を払い除けようとしたが、しかし奴の抑え込めようとする力に阻まれてしまう。
「こいつっ!!」
――こんなにも深い傷なのに、なんでこんな力が出せる!?
「小僧、お前が私達の血を『人間のものと同じ』と言った所までは否定せん。だがもしもそれを『人間の血だ』というニュアンスで言っているのだとしたら、それは如何にも人間の抱きそうな、壮大なまでの思い違いというものよ」
「な、何を言ってる!!」
阿頼耶は遂に歯を食いしばる形相で、ベリアルを睨み付けていた。
そんな彼に、アスモデウスが告げる。
「遥か過去の時代から多くの種族は自らの力を高める為、時に異種族間でも交わった。異物を己の内に取り込んでみせ、その血を調伏する……それは食い合いとも取れるが、しかし打ち勝つ事で種としての成長を促進させる行為ともなったんだ。――現代の地上に於いてこうまで跋扈している人間が、それと無縁だったなどという道理は無い」
余りにも『普通に』語られたその内容は、しかし語った彼の何処までも悠然とした態度故に……阿頼耶の心に水滴のように、落ちて滲んだ。
「――人間と悪魔、も……交わり合っていた……?」
――(三)へつづく――




