第六話 悪魔の命から目を逸らさない(極点・二)
――今こそ奴等を嵌めるぞサクス!!
アラヤのその強靱な意志に、サクスの精神は魔技の発動で答えた。
何よりも早く、主の求めるものを示す……己の揺るぎなき忠誠の心で!
……アラヤの眼の光と聴力、そのどちらもが、掻き消えた。
バティンの突進とグランド・バッシュのその迫り来る圧力も音の走りも、その一切が消えて無となる。
だがこれで良い、この無こそが今アラヤの求めるものであり、これこそがサクスの助力の真価なのだ。
ティナシティ・シーカーに依る物理的な視野の拡大を得ていた時から、アラヤはこの激闘の中で絶えず同時に、これまで自分が見ようとしてこなかったものへの見識を深め続けていた。
心が前だけへと向けて尖りがちだった自分を認め、自分の周囲へと目を配り、そしてその中で少しずつ……自分自身というものが他者の助力を得てこそ成り立つのだという事を、改めて浮き彫りにしてきた。
それを経た今ならば、アラヤは自身の心の深淵とも向き合える。
そう。
死さえ意識する程のこの窮地に、これまで深めた外界との繋がりを自ら一度絶ってみせ、アラヤは――世界の中に在ってはあくまで小さな一人の人間に過ぎない自分自身の事を、しかし深く強い眼差しで見据えて、受け止めるのである!!
バティンがいち早くアラヤに迫った。
「ハァイッ!!」
彼の胸を一突きにして、そのまま突進の勢いでアラヤの身体を三つのアスファルトの盾へと押し込める……筈だった。
いや、バティンの騎槍は確実に彼を貫いていたのだ。
しかし、傷口に当たる部分から漏れ出たのは血流ではなく、赤黒き影のオーラだった。
「――なっ!?」
バティンはそこでようやくアラヤと眼が合って、そして畏怖した。
――ぐっ! なんと、い、う……!!
その眼はその光を失い闇を観て、それでも尚何処までも怒りの形相のまま……その事の意味を、相対する敵として感じたが故に。
アラヤには、敵であるバティンの顔だって見えてはいない。
バティンはだからこそ今、アラヤが自分達等では無くひたすら己の全周囲に向かって、世界というものに向かってその怒りを放っているのだと、精神の領分で知ったのだ。
「……!」
アラヤの全身が影に溶け込み、バティンの騎槍とその身体の中を通り過ぎ――その間奴は、畏れの余り指一本動かす事さえ出来なかった。
肉体がオーラ化する程の深く濃い影。それはアラヤが自分の心強さと表裏一体に存在している、弱さと言える部分を認めて受け入れた事で発現した力だ。
バティンの背中で、アラヤが再び影から実体へと戻る。
「終わりだバティン!」
アラヤは躊躇する事無く奴の背中に蹴り込んで、その先にあるアスファルトの盾が迫る終着点へと、烈しく押した。
バティンは自身の完全な敗北を認めていた。
死の圧力を感じ……しかしそれでもバティンは、自分の死は恐れなかった。
――ああアルファスッ、これでは私の魔霊が貴方を穢してしまう……!
事切れる寸前に奴が抱いた思いは、自分が原因で友の心を襲ってしまう事への恐怖だったのである。
重く響いた激突音――アルファスの魔技に依って出来た巨魁の中で、バティンの肉体は砕けた。
「馬鹿なっ! バティンーーー!!」
アルファスの表情が凍りつきその絶叫が木霊する。奴は自分が取り返しの付かない事をしたという思いに、激しく心を震わせていた。
アラヤはアスファルトの巨魁と、そこから僅かに伸びるバティンの騎槍を見遣って息を吐く。
――俺自身の力でお前を殺してやりたかった……なんて思うのは、薄っぺらい格好付けに過ぎないよなバティン。悪魔の我の強さと徹底的にぶつかるには、今までの俺以上に我武者羅にならなきゃいけないって気付いたのさ……。
心の中で、奴の骸に向けてそう告げる。それは決して開き直り等では無い、寧ろ戦いへの新たな覚悟と言うべき思いだった。
――(三)へつづく――




