第六話 悪魔の命から目を逸らさない(極点・一)
「プレサイス・オーダー!」
アラヤはグランド・バッシュ――迫るアスファルトの盾に向け、騎槍を投擲する動作に入った。
かつて通常の突きではグラヴァトン属の岩の体に弾かれた……しかし今の騎槍には彼の洗練されし影の力と、そしてビフロンスの魔力が宿っている。
騎槍が暗緑のオーラを纏っていても、もうアラヤは何も気にしていなかった。それ程戦いへの集中力を発揮し、また彼女の異常性にも少しずつ慣れてきていたのだ。
「ハアッ!!」
渾身の力で一直線に投げ込む。その時、アラヤはビフロンスの精神の中に在る――何かを感じ取った。
懐かしささえ感じながら。
――この力は……!
……アラヤのその精神にビフロンスもまた感応し、だから妖しくも慈しみを内包した心で――もう少しだけキミの意識を見せてくれたら返してあげるよ――とそう念じていた。
暗緑のオーラの線を描き飛ぶ騎槍と、強固なるアスファルトの盾が激突する。
暫し互いの威力は拮抗していたが、その後訪れた結果は、相殺だった。
「おのれアラヤッ。だがしかし!」
アルファスが憎らしげに、しかし一層戦いの気を増した表情で叫ぶ。
アスファルトの盾は砕け散ったが、同時にアラヤの騎槍も弾き飛ばされたのを見たからだ。
そして――
「くっ……」
――アラヤが苦悶の声を漏らす様子をも、見逃さなかった。
ここまで長い戦いを繰り広げた末に、彼の屈強な精神が遂に悲鳴を上げた……アルファスはそれを勝機と取ったのだ!
「バティンッ! ここでセナ・アラヤを仕留めるぞ!!」
アルファスはバティンに向けて叫び、グランド・バッシュを同時に三つ、アラヤの左右後ろに出現させた。
「いいですともアルファスッ!!」
バティンも奴の呼び掛けに力強く応えて、騎槍の穂先をアラヤの胸へと構えてみせた。
「さあ死になさいセナ・アラヤー!!」
バティンは復讐成就の念を籠め突進を繰り出す。
アラヤを襲う脅威は四方となった。
「……」
アラヤは今、この絶対的な危機を前にも、冷静に戦況を見据える眼を失ってはいなかった。
――流石は強力な個の悪魔達だ。紆余曲折あったが、最終的にはやはり俺は追い込まれる側になっている。
熱い怒りの念を滾らせながら、しかしその怒りは悪魔達にも、そして自分自身にも平等に向けていく。
アラヤに最も近い位置から、ビフロンスはただただ言葉を発さずに彼の顔を見つめていた。
――これが人間のする顔なのか? ……いや、或いは人間だからこそなのか。
ビフロンスは悠然と、アラヤの様子を静かに見届ける。
アラヤはバティンにも他の三方のグランド・バッシュにも……何処にも視線を遣らずに、ひたすら虚空を憤怒の形相で見続けていた。
ビフロンスはその彼の表情に、こう思う。
――まるで悟りを開いているようじゃあないか。
怒れる眼のアラヤが放つ精神の波長を……異常な精神性を持つビフロンスだからこそ、俗世の概念からは離れた視野でそう感じ取ったのだ。
他の何物の意志をただ否定したりはせず、その心に引き受けて、その上で静かに、泰然と、純粋な怒りを絶やさない彼。
――土色の水面にあって美しく咲く、蓮の花のような、魂の、輝きだ……。
ビフロンスの、心が震える。
だから、その大悪魔の声も聴こえた……。
――こいつはやがて悪魔達に、人間の世界に在って真なる地獄を見せる男だ。だからこんな浅い段階では、運命が決してこいつを死なせはしない。
――ッ!!
それは紛れも無く、最も苛烈で、そして誇り高き悪魔アスモデウスの、雄々しく壮麗な声であったのだ……。
そして事実、アラヤ自身が紡いだ運命が彼の助力をする。
――私の主から離れろっ!!
ビフロンスは自分へと向けられた、はっきりと拒絶し断絶するサクスの意思に圧されるように、アラヤの身体から切り離された。
――ああ構わないさ。僕が見たい物……いやそれ以上の物が見れたから。アラヤ、キミの力も返したぞ……。
「――ッ!!」
アラヤは何よりも早く、その身に戻って来た自身の配下の魔力の波動を感じ取った。
そして、怒れる眼はそのままにニヤリと笑った。
――(二)へつづく――




