第六話 悪魔の命から目を逸らさない(最奥・三)
「ぐぅっ! ……お、お前、わざと急所を外したな?」
レライエが苦悶の表情で彼女にそう問う。奴の傷には炎の高熱が渦巻いているが、確かに心臓の位置からはズレていた。
「はぁ、はぁ……当たり前でしょ? 私は私として、アラヤに仕える身。禁忌破りに手を出そうなんてのは、手前の熱に浮かれた奴だけよ……」
サクスはレライエを睨み付けながら、そう答えてみせていた。
奴の事を詰る気で言ったのでは無い。これはサクス自身が何処までも自分のスタンスを貫く故に出た、彼女らしさに溢れた素直な見解なのである。
だからこそ――
「はっ。辛辣、じゃねえか……ますます気に入った、ぜ……」
彼女の言い分は、レライエの心に響いた。
大弓をそっと下げ、もう彼女を撃つ気が無いと言外に示すのである。
「……私、行くわ。お前の矢で死ぬ気は、無いから」
サクスはレライエの心変わりに対して、何も言及はせずにそう告げた。
そして背後にある窓を後ろ手に開ける。
もう片方の手は横腹の傷を押さえたまま、彼女は後ろに倒れ込むように窓の外へとその身を投げた。
「……大した奴だよ、サクス」
レライエは胸の傷を抑えながらそう言って、笑った。
……サクスはビルの外壁を背に落下しながら、自分に向けて近づいて来る黒の御使の姿を見た。
「ふ、ふふふ……」
――へえ、中々サマになってるじゃないの……
彼女の笑い方を、崩す事無く。
まだ死ねない、死ぬ訳にはいかない。
一刻も早く、彼の元へ――アラヤの戦いの助力をしなければ。
その思いが、彼女の意識を途切れさせはしなかった。
※
アラヤはバティンの攻めがより激しくなっているのを、奴の騎槍との打ち合いを演じながら感じていた。
「アラヤ、このまま一気に始末を付けさせて貰いますよ!」
奴はそう言いながら上段狙いのフェイントを掛け、直後アラヤの傷付いている脇腹を狙う。
「させるかよ!」
アラヤは横ステップを踏んで躱すが、その着地の際にも傷口に、反動に因る痛みが走るのである。
――ちっ。長引かせると不利だが、奴は必死で食らい付いてきている。
バティンが攻めの手を緩めない理由、それがアルファスの方にある事をアラヤは見抜いていた。
アルファス自身は平気だと言ったが、奴が受けたダメージは決して小さくは無い。
こちらが弱っているアルファスの方に狙いを変えていかないように、バティンは自分に釘付けにさせようとしているのだ。
だが、そこにも付け入るチャンスは有るとアラヤは見る。
「くっ!?」
バティンが苦悶の声を上げた。
奴の熾烈な攻撃の――それ故に生じ始めた疲労に依る隙を狙って、アラヤが突きを差し込んだのである。
その咄嗟の突きはまだ浅いものではあったが、しかし奴の肩を的確に穿ってみせた。
威力の大きさを狙うだけが戦闘ではない。
浅くとも確実な打撃を与えていく事で、相手に己の力が低下しているという事実を認識させる。その心への攻撃が強い効果を持つのである。
アラヤは更に二度、バティンの攻めの間隙を縫って打つ。
「おのれ小癪なっ!」
バティンはアラヤに己の気概がまだ衰えていないとばかりにそう言い放ったが、それは裏を返せば、そうしてみせなければ意識を強く保てなかったという事なのである。
「――ッ!」
アラヤは何も言い返さない。
奴の心に焦りの色が生じている事に気付きつつも、それを言葉に出しはしない。
押し黙る事で、バティンの心に更なる揺さぶりを掛けようとしているのだ。
その上で、強くこう思う。
――こいつ達を確実に始末するには……!
今回の戦いでアラヤの頭にある一番の思いはそれであり、そして絶対にブレさせるつもりが無かった。
だから苦境と呼べる状況であっても、その可能性をずっと探り続ける!
せめぎ合い続ける二人、共に痛みと疲労に耐えながらの攻防。
「健気だね、バティン」
不意に、アラヤに憑くビフロンスが、バティンの方に向けてそう呟いた。
「……!」
「ビフロンス、そのようなふざけた真似をしながら何を言い出すのですかっ!」
アラヤは尚も黙っていたが、バティンの方は彼女の言葉を無視出来なかった。
「傷付いたアルファスを守る為のその攻めなんだろう? 僕には分かっているよ」
憂いを込めた表情で、そう言っている彼女。
アラヤは彼女の精神を宿している為に、彼女の心が本当にバティンを慈しんでいる事を理解出来た。
しかしそうではないバティンには、そう感じる事は出来なかった。
「アラヤに憑き、その力を内から縛るでも無く、ただそいつの掬火に酔い痴れているお前に! 仲間面などして貰いたくはありません!!」
結束というものを重んじるバティンからすれば、それとは大きく外れる行動を取るビフロンスは、激しく忌むべき相手なのだった。
言葉を聞いただけでは、彼女の思いをそうだと受け取れなかったのだ。
「……ごめん、僕はこのアラヤの事も見据えなければならないんだ。だけど仲間っていうのは大事にするものだって、僕だってちゃんと分かってはいるんだよ?」
しかしビフロンスは、バティンの拒絶してくる言葉には本気で傷付いた様子を見せるのである。
……アラヤはそんなビフロンスの言葉の一つ一つを、その真意は掴み切れなくとも、心に留めるようになっていた。
異常な心の悪魔であろうとも。それはアラヤが悪魔という種族に対しても持つ、彼ならではの大らかさ故に。
だがバティンは、何処までも彼女を否定し続ける。
「ならば今すぐそのアラヤの身体から出なさい! そして共にアラヤを討つのです!」
バティンはさっきよりも息を荒くしながら、彼女にそう呼び掛ける。
彼女の言葉は、今の状況に於けるバティンの心を不必要に揺さぶってしまっていたのだ。
その所為で奴の疲労が増していた。
その事を、アルファスは奴の友として感じ取る。
「ビフロンス! お前はこの戦いには邪魔なのだ!」
腕の痛みを堪えながら、グランド・バッシュを繰り出してくる。
アラヤと、そして彼に憑くビフロンスも抹殺する思いでだ。
「退がれバティン!」
アルファスはそうバティンに警告する。
ここで放たれたグランド・バッシュは、バティンの背後から放たれたもの。バティンを諫める為に敢えてそうしたのだ。
「アルファスッ!」
バティンは奴の言葉通り、攻めの手を遂に止めて跳び退った。
アラヤは騎槍持つ左手に力を籠める。
「必ず凌ぐ!」
寸前までバティンの攻めに足止めされ躱す事は適わないと知り、しかし尚戦意は失わない!
――極点へ続く――




