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第六話 悪魔の命から目を逸らさない(最奥・二)

「ふん。本当に私相手にも手を抜く気が無いのね……嬉しいわ」


 サクスは額に汗を流しながら語ったのは、自身の弱さに対する陰湿な皮肉――しかし真っ向から向き合っているが故のレライエへの感謝。


 だがレライエは彼女の皮肉に、張り詰めた表情でこう言う。


「強さを推し図る基準が、お前と俺とじゃ違うんだろうな。俺はお前を弱いという風には思っちゃいない」


「なんですって?」


 レライエの冷静な言葉、しかしそこに籠もった圧力に、サクスは息を飲んだ。


「バティンやアルファス、ビフロンスだってお前には殆ど興味を示しちゃいなかったが……お前は悪魔がこの地上界に堕ちた五年前から、独りであろうと自分のスタンスを貫いてきた奴だからな」


 そう言った時の奴の眼が、鋭さを増す。


「俺達アガレス一派みたいな、如何にもな『悪い悪魔の真似事』を望んでやってる奴等より、余程しっかりしてるってもんだぜ」


 レライエのその言葉には、とても深い重みが有ると、サクスは感じた。


「……ふふふ。へえ、『自分達こそが地上に堕ちた悪魔達の居場所を築き上げる』と息巻いていたアガレス。奴に賛同しているお前の口から、自分の組織へのそんな評価が出てくるなんてね……」


 サクスはそう言って、はっきりと陰気な笑みを浮かべた。


 そこには侮辱の念とは似て非なる、或る種の同情とも取れる感情が含まれていた。


「はっ。その笑い方随分と久し振りに見たが、地獄に居た頃と変わらないな。まったく薄気味の悪い笑い方をする奴だぜ」


「ふふふ、それはどうも。私達個の悪魔は誕生した時から、その身に宿した魔霊に拠って、例え悠久の時が経ったとしてもその精神性を変じずに存在し続けられた。……だからこそ私達が同族殺しをすればどうなるか、知ってるわよねレライエ?」


 サクスの含みの有る言葉に、レライエは動じなかった。


「ああ。だがやってやるさ、かつてのあのアスモデウスみたいにな」


 そう言って大弓の弦を引き、そこに銀色の矢を出現させた。


「俺がお前を殺せば、お前の魔霊は俺の精神にく――魔霊の加護を享受する身で在りながら、他の魔霊に刃を向けた報いとして」


 レライエはその真実を語る時には、ひどく冷静な声色をしていた。


「そして互いの魔霊が一つの身体の中で喰い合って、殺した側の悪魔もその精神を破壊される。それは正しくわれという意識の死……悪魔が禁忌とするには十分過ぎる理由だ」


 その言葉には、サクスも強く同意している。だからこそ――


「私を殺してもお前がお前で無くなるのなら、それは相討ちのようなもの。差し違える相手が私で本当に良いの? ……って、きっとお前には今更な質問よね」


 そんな風な事を、この土壇場で言ったのである。


 彼女の言葉に、レライエは笑う。


「ほら見ろ、お前今から殺されるかもしれないってのに、心の中に敵の俺を気遣う強さが存在してるじゃねーか。……まあ良い。それに俺も足掻けるだけ足掻いてやるつもりだぜ、悪魔という種族の限界とやらにな」


 そこでレライエの、表情が変わった。


 サクスもまた覚悟を決める。


 彼女を追う時レライエは『覚悟を決めろ』と言っていた。それは実際は奴自身にも向けられた言葉だったのだろうと、理解しながら……。


 だが彼女が決めてみせたのは、奴が示したものとは異なる結末を呼び込む為の覚悟である!


「ハァー!!」


 サクスは隠し持っていた口紅容器型の魔道具から、一筋の――地獄の蛇を模した影のオーラをレライエへと放った。


 これはエリゴスが自身の魔力を籠めて作ったものだ。


 蛇の牙はレライエの喉へと襲い掛かる。しかし奴は、それを寸での所で躱す。


「――ブルーミング・キル!!」


 レライエはその直後であっても体幹の軸を大きくブレさせる事は無く、大弓の角度を合わせて、サクスを撃った。


「がはっ!!」


 心臓狙い……とはいかなかったが、矢はサクスの横腹を穿ち、そのやじりが花弁の如く咲き乱れてその傷を更に深く抉っていく。


 傷口から鮮血が噴き出し、彼女の衣服は瞬く間に赤へと染まった。


「虚を突いて俺へと仕掛けたつもりだろうが、お前はあくまで直接的な戦闘に於いては素人だ。目の遣り方や気配だけで、どう動くが読めちまうんだよ」


 サクスの返事は無い。激しい痛みに顔を歪め肩で息をしている彼女の姿に、レライエは自身の勝ちを確信しかけた。


「……サクス、何がおかしい?」


 レライエが険しい表情で彼女を睨み付ける。


 奴の目に映るサクスが、あの笑い方を、彼女の笑い方を続けていたのだ。


「ふ、ふふふ……」


 横腹から血を滴らせながらも、陰気に、しかし気位の高い眼の色のままに笑っている。


 レライエは直感した――これはまだ勝負を捨ててない眼だ、と。


「有り難うレライエ。私に、傷を付けてくれて」


 即死で無ければ良い、その為の決死のフェイントとしてさっきの蛇を放ったのだ。


 サクスのその答えに……いや不敵なその表情に、レライエは脳裏にあの戦意の塊の姿を思い浮かべた!


「サクス、お前まさか!?」


 サクスは悪魔だが、彼の軍団レギオンでもある。


 授けられていたのだ――アラヤの災い返しの力、その一端を、彼女の切り札として!


「リジェクト・ショット!!」


 排撃はいげきの弾丸――自身が悪魔である彼女は自身に傷を受ける事に依って、流した血の量だけ、怨念という形で相手に災いを返すのである。


 サクスの人差し指から凄まじい速さの炎の弾丸が放たれ、レライエの胸へと撃ち込まれていた。


 ――(三)へつづく――

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