第六話 悪魔の命から目を逸らさない(最奥・一)
サクスは魔力の影を纏いながら、街の暗がりを縫うように高速で移動していた。
自分を追ってくるレライエの眼に己の姿を映させないように。
その最中、彼女は属体悪魔と戦う民衆の姿を見る。
戦うといっても普通の人間が悪魔に有効な武器を持っている訳では無い。
数人掛かりで一体をようやく追い払える程度……当然戦いに参加した者の中にも犠牲者は出ている。
それでも属体悪魔が持つ青白い武器は人間の精神の力たる掬火を奪う為の物であり、悪魔に逆らおうとする意思の強さが有る者ならば、近い内にきっとまた意識を取り戻せるだろう。
アガレス一派はそうして復活した人間から幾度も掬火を手に入れようと画策しているのである。
……サクスやアラヤ達は奴等のそのやり方を既に知っているが、しかし悪魔にしては余りにも周りくどいと、そう疑念を抱いてもいた。
彼女は魔力の影を解き、自身の足でとある建物へと入った。
そこはかつて悪魔の侵攻が元で人間達から放棄された、無人のビルだ。
「私を追い切れる、とは思えないけど……」
サクスはそんな事を呟きながら、更に上階へと駆け上る。
彼女は地獄からこの街にやって来て以来、数年の時を人間の中に紛れ過ごしてきた。
明らかに自分達を悪魔であるとして、人間の前に姿を現し続けたアガレス一派とは違う――表面上は目立たずに、悪魔である事を隠してきた。
だから自分とは真逆のスタンスのアガレス一派の、その中でも一際目立つ存在であったあのレライエなどには見付かってたまるかという思いが有ったのである。
しかし。
――レライエめ、こっちに近付いているわね。
自身の視力を魔技に依って拡大し、奴の動きを観察する。
サクスの不撓の眼は、レライエがこちらを探っている様子でありながら、それでもこの建物に追跡の当たりを付けている事を知った。
「奴が私の魔力の残り香を感知しているとしても、こうも早くこちらの位置を把握出来るの? ――いや、そうか!」
サクスは自分が不覚を取っている事に気付いた。
自分がティナシティ・シーカー発現の為に己の魔力を広域に飛散させている事が、この状況に於いては良くなかったのだ。
――レライエは私がアラヤの眼を強化していた時から、この魔技が放つ波長を敏感に感じ取っていた。アラヤとバティン達の戦いの波動に比べれば、微々たるものの筈だというのに。
それは奴が持つ、戦場に於ける直感力――いわば勘の良さ故の事なのだった。
薄い霧のような状態の魔力の中でさえ、的確にその発生源がサクスだと見抜いたレライエ。
サクスの広域視野が今見ているそのレライエが、この建物の窓を大弓で射貫いた。
窓のガラスが割れる音が彼女の耳に直接響く。
――私が奴を視ている限り、私の位置も奴に感じ取られている!
サクスはすぐにティナシティ・シーカーを解いたが、既にレライエは空高く飛翔して、射貫いた窓の所から建物の中へと入ってきていた。
「サクス、隠れんぼってやつももうすぐ終わりだぜ!」
通路に奴の言葉が響き、サクスは忌々しげに舌打ちをした。
――私にほんの少しでも指図なんてするな!
脅威が迫っているとはいえ、それでもサクスは気丈であった。
直接の戦いでは勝ち目など無いに等しくても、それと彼女自身が意地を示す事は何も関係が無い……彼女は彼女の思考を貫く事を強く意識してみせるのだ。
彼女はレライエとの距離を取っていく。
「……動いたかサクス。だが相手が大弓を持つ俺だったのが、お前の不幸だぜ」
レライエは自身の得物として大弓を選んでいる。
そして騎槍の使い手がそれ特有の技能を持つように、レライエもまた獲物を狩る大弓の使い手としての技術を持つのだ。
気配察知――レライエはサクスのような広範囲の視界が無くとも、例え相手が身を隠していようとも、その存在が放つ気配や魔力そのものを感じ取る力が強いのである。
その上で奴には天性の勘の良さが有る。ここまで近付いた以上、奴が彼女を追う事はもう難しい事では無かった。
レライエはサクスへと向けて歩き出す。
レライエにはサクスの移動の軌跡がはっきりと感じ取れていた。しかし、だからといって勝ち誇るような素振りを見せはしない。
奴は戦闘者として、相手に一射喰らわせるまでは勝ちを認識しないと決めていた。
それでも、かつてのアラヤの戦いではそこから逆転されてしまったのだが。
「――ふっ」
その事を思い出し、レライエはふと笑う。
あいつを倒す役目は自分が背負いたい、という思いが無い訳ではないが……。
しかし今この場に於いて戦いの行方の鍵を握るのは、間違い無くあのサクスの方なのだと、自身の勘がそう告げてきていたのである。
通路の脇にある複数の扉、その一つの傍で足を止めた。
「オォッ!」
奴は強靱な蹴りを扉に放ち、掛けられていた鍵をねじ切って開く。
「よおサクス、追う前にも言ってやったが……もう覚悟は付けられたか?」
部屋の中で立つサクスに対し、レライエはそう言って大弓を構えた。
――(二)へつづく――




