第六話 悪魔の命から目を逸らさない(終局・三)
エリゴスはやれやれといった感じで頭を掻き、そしてこう告げる。
「愛弟子の初陣だ。それに見合った格好をさせてやらなければな」
そして掌を開いてリョーコへとかざし、念を籠める。
「ドレスアップ!」
礼装纏繞の意を持つその魔技は、魔力の込められた衣服などを瞬時に自身、または自身が認めた対象に纏わせるのだ。
「これは!」
リョーコの身体を艶めきを放つ闇のオーラが包み、それが晴れた後はもう既に彼女が好むゴスロリ服を着た姿となっていた。
いや、それは以前とは違い、不思議な力を感じられるものとなっていたのである。
「微々たるものではあるが、魔力の攻撃に耐性を持つようにしている。その力の伝達効率を上げる為に、若干デザインを変更させて貰っているがな」
エリゴスの言葉通り、そのゴスロリ服は前とは少し形が変わっていた。
そして更にリョーコの掌に、目元を覆うタイプの、黒羽をあしらった仮面が乗せられてもいた。
「民衆から正体を隠す為の小道具だ。お前は学校にも通っている身、戦場で素性を知られない方が都合良いだろう」
「先生、私の為にそんな事まで考えてくれていたなんて――!」
「いや、ここまで案じていたのはゴモリーだ。私はお前にそれらを渡してやるよう言われていたに過ぎんよ」
エリゴスはそう答えつつも、微かに照れ臭そうな表情になっていた。
「そうですか、ゴモリーが……」
よく気が付いて、アラヤを守る事に砕心するのを厭わないゴモリー。
自分の上に立たれていると思わされる彼女の存在――しかしそんな彼女に対抗心を向けられる事こそが、自分のやる気を押し上げてくれているのかもしれないと、そんな風にリョーコは思う。
そっと仮面を装着する。
仮面は薄い魔力を放ってリョーコの顔に密着し、そしてその魔力に呼応して、彼女の髪が長く伸びた。
「おおっ!?」
「仮面を付けている間だけの特別仕様だ。取ればまた元に戻る」
――至れり尽くせりだ!――と、リョーコは素直にそう思った。
リョーコは今度こそカーテンコールに跨がった。
「頼むぞ、黒礼侍女――」
「はいっ!」
それはエリゴスが付けたリョーコの異名。『赤爪の反逆王子を立てるに相応しい名を』という、リョーコの意向が汲まれている。
開く街へのゲートに向かって――
「行ってきます!!」
――リョーコは勇ましく霊馬を駆った。
※
「アラヤ、キミの戦意の躍動を感じるよ」
ビフロンスが、アラヤとバティンアルファスの戦いの最中に、ふとそんな事を呟いた。
「――ッ!」
「ああ、返事なんてしなくて良いよ。キミは戦いに集中していてくれ」
アルファスは適時自身の位置を変えながら、隙あらばグランド・ウォールを放ってくる。
今それを右に飛んで回避したアラヤに、彼女はそう気遣いの言葉も掛けていく。
「ハァイッ! 今度は私の番ですよ!」
バティンがそう叫んで騎槍の突きを繰り出してくる。
アラヤが着地しようとするタイミングに、バティンの突きが間合いへと入ってきた。
「――ハッ!」
アラヤは左脚だけを地に付けると瞬時に足首をぎゅっと捻り、即座にバティンを迎える角度に身体全体を向けた。
そのまま重心は後ろへと大きく倒し、右脚で地面を叩いて、力強く跳び退る。
「大した動き、と言ってあげましょう! しかし、依然こちらのペースです!」
バティンはアラヤに対し追撃の手を緩めなかった。
アラヤへと距離を詰めながら、魔技ピアシング・サンライトを放つ。
アラヤにはその連続突きの軌道がさっきよりもよく見えた。
しかしそれを、ただ自分の目が慣れたからだという風に思いはしない。
――サクスの魔技の『加護』は消えている、本当ならもっと見えていない筈だ……ならば!
アラヤは騎槍を巧みに回転させ、そこに――暗緑のオーラを纏わせる。
「――ちっ、この色!!」
瞬間、アラヤははっきりと嫌悪感を表情に出した。
ビフロンスがじとっとした目線を寄越してきた事をガン無視し、アラヤは騎槍のオーラを、自分の背中側へと飛ばすように大回転薙ぎを放つ!
「ドーントゥレイス・エッジ!!」
以前の戦いで編み出した魔技を、アラヤはそう名付けていた。
豪胆なる魔力の斬擊が、アラヤの背後に迫っていたグランド・バッシュを完全に粉砕した。
――やはりバティンの攻撃は俺の目を誘う為の餌だったか!
アラヤの咄嗟の見極め――バティンの魔技にこちらを仕留める必死さが無かった事の、その裏を読んだのである。
そして彼の斬擊はそのまま、アラヤの背後に回ってきていたアルファスをも狙う。
アルファスは以前の時と同じように、しかし一度は見知った魔力の斬撃であった為に、魔技グランド・ブルワークの防御壁をより強固にして発現させていた。
「――くっ、ならばアラヤは私が突きます!」
バティンはアルファスの危機を察知しながらも、自身の攻めの手を緩めなかった。
アラヤが魔技を放った際に生じた隙を見逃さず、力を込めた強烈な一突きをアラヤへと繰り出してゆく。
「うぐっ!」
アラヤの脇腹に痛みの熱が走る。
可能な限り身を捩って回避を試みたが、完全には躱し切れずに身体をかすめてしまったのだ。
同時に――
「ぐおっ!」
アルファスの苦悶の叫びが聞こえた。
奴もまたアラヤの魔力の斬擊を回避し切れず、左の腕を深く傷付けていたのである。
「アルファス!!」
バティンの呼び掛けに、アルファスは痛みを堪えながら応えた。
「心配するな。この傷は俺の魔技には影響せん……」
「まだやれる、という事ですね?」
バティンが熱気を含んだ笑みで問い掛けた事に、アルファスはしっかりと頷いた。
「だが、あの斬撃……どうやらビフロンスの力が影響してしまっているようだ。以前よりも強力になっている」
……アラヤはアルファスのその言葉を聞きながら、呼吸の乱れを整えていた。
脇腹に走る痛みを堪えながら、それでも平静を保たせるのに集中力を発揮する。
「行くぜバティン、アルファス」
アラヤの毅然とした目つきに、二人の悪魔は戦慄と昂揚を同時に感じた。
「ふんっ、やはり人間とは思えぬ戦闘意思ですね!」
「戦意に依って傷の痛みを制するか。侮れんなセナ・アラヤ!」
アラヤという人間が放つ精神の強き波長が、悪魔である奴等の心に熱を籠もらせる結果を生む……それはこの一度だけの事では無い。
そして、この悪魔の心もまた……。
「……僕の力を全てでは無いとはいえ引き出してみせている。でもそれを当てにはしてないんだね」
ビフロンスは疎ましげにも聞こえる声色でそう呟くが――
「ふっ。例え誰の助力を受けようとも、あくまで戦うのは自分自身だという強い決意が有るからかな?」
――アラヤの心に存在している思いの一片を感じ取って、そしてその真っ直ぐさに、妖しくも好意的な意志を覗かせるのであった。
――最奥へ続く――




