第六話 悪魔の命から目を逸らさない(終局・二)
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異空間から魔力の映像盤で事の成り行きを見ていたリョーコが、慌てふためきながら、エリゴスに向けて大きな声を上げる。
「マズいですよ先生、このままじゃサクスが殺されます!」
その言葉を聞き、エリゴスは苦渋の表情を見せた。
「確かにあいつには、敵と戦う直接的な術は無い。だがそんな事はあいつ自身分かった上で戦いの場に出たんだ」
「それは分かってますけど、でもこのまま黙って見殺しにして良いんですか!? 私の特訓も終わったんだし、もう先生が加勢に行く事だって出来るんじゃ……」
リョーコの心には何よりも、エリゴスとサクスが悪くない仲だという認識が有ったのだ――だから、そんな言葉が出た。
これまでは自分に特訓を付けてくれていたから、エリゴスはアラヤの直接的な支援には回れなかったのだと、そうも思っていた。
だが、リョーコはまだ悪魔というものについて碌に知らない状態なのである。
「……私は行けん。魔霊を持たない属体悪魔共が相手ならともかく、強きそれを有する個の悪魔同士が直接戦う訳にはいかんのだ。だからアラヤもこの戦いの同行者に、間接的な戦法を取れるサクスを選んでいた」
「えっ?」
リョーコの驚きの声。エリゴスが瞳を閉じる仕草をするのを見て、彼女の話がとても重大なものだと察知した。
「そんな真似をやってしまえるのは、あのアスモデウスだけだと思っていた……。いや、恐らくレライエは、あの場に於いて覚悟を決めてみせたのだろう」
エリゴスの言葉に、リョーコは言いようのない不安に襲われる。
彼女自身そう明確に意識するまでには至らなかったが、これは悪魔という種族の根幹に関わる話なのだった。
――先生は私を教えていなかったとしても、行けなかったんだ! 行きたくても、行けなかった……!
しかしリョーコは、拙くも、あくまで人間としての思いを発露させる。
「わ、私だけでも行きますっ! 先生の分まで!」
「リョーコ……」
「元々は、長い距離を影で高速移動出来ないアラヤ様の脚代わりになりたいと思って、霊馬騎乗の術を教わりました。サクスは今、レライエから出来るだけ距離を取りたい筈――だったら、同じアラヤ様の仲間であるサクスの脚代わりにもなってみせますっ!!」
その捲し立てるような言葉を、エリゴスは真剣な思いで聞いていた。
青臭く、熱に浮かされた、一時の気の迷いみたいな、未成熟な激情。
とても危うく、自身の生きる道そのものに大きな傷を受ける事になるかもしれない。
しかし、人を清く正しく美しい精神へと導くのは、恐らくは天使の類いの役目なのであろうと……少なくともエリゴスは悪魔としてそう思う。
――このリョーコの激情から起こる精神の躍動こそを、私は私として見出してやりたい!
「――リョーコ、お前には自らの人生を踏み外す覚悟が有るか? それも中途半端にではなく、全力でだ!」
エリゴスはそう檄を飛ばす。それは或いは悪魔らしい、破滅への導きとも取れるものかもしれない。
しかしはっきりとリョーコが感じ取れる程、熱く、真摯な檄だ。
リョーコの表情が引き締まったのは、そのエリゴスの思いを真っ直ぐに受け止めたからだ。
「それだったら、半年前からもう踏み外しちゃってますよ! でもその時からの方が、私の人生にはハリが出てるんですっ!」
リョーコの脳裏に一瞬、彼女が半年前に見た光景が浮かんだ。
あの最後の瞬間が鮮明に……。
戦い終えて傷付き全身から血を流し、眼の光さえ虚ろなアラヤを、ゴモリーは躊躇う事無く抱き抱えて、そしてリョーコの前から消えた……。
あの時、自分にもっと血に汚れる覚悟が有ったなら、彼の生暖かい血を怖がっていなかったなら、彼女より先にきっと彼の身体を抱けていた――。
――普通の道じゃダメなんだ。大層な理由なんてのも要らなくて……。ただ私が欲しいと思ったものが、他人とは違う道の先に有ったっていう、ただそれだけの事なのよ。
彼の行動を見て、畏れも有っても、それでも、いやそれだからこそ自分の心が煌めいた。
人間は一人で生きる生き物では無いから。だから彼の為に行動する事は、リョーコ自身の為でもあるのだ。
「じゃあ、行きますね先生っ!」
リョーコは力強い眼差しで、霊馬カーテンコールに乗っ――
「いや少しだけ待て」
颯爽と戦場へと赴こうとしたリョーコのシャツの首根っこを、エリゴスがぐいと掴んだ。
「ぐえっ!?」
普通に女子高生をしていたら凡そ出る事の無い叫びを漏らす。
「な、なんですかもー、折角気合い入れた所だったのにぃ」
無意識に姉に甘える妹のような口調になるリョーコに、エリゴスは溜息を吐いてこう言った。
「お前、その格好のまま飛び出すつもりか?」
エリゴスがリョーコの胸元から下に向けて人差し指を差す。
如何にもな柄のティーシャツにジャージズボン、戦いの場へと向かうには『だらしない』と言わざるを得ないその格好に、リョーコ自身「あっ!」と声を漏らした。
――(三)へつづく――




