第六話 悪魔の命から目を逸らさない(終局・一)
周囲の民衆が、今のアラヤの姿にざわめき立つ。
「反逆王子に悪魔が取り憑いた!?」
彼等がそういう風に捉えるのは、通常の人間の感性からすればあり得る事だ。
特にこのビフロンスは言動、そして存在感そのものが異様である。彼等が「一体どうしてああなったんだ!?」と、彼女の行動に何かの答えを付けようと必死になるのも仕方が無い。
理解に苦しむ状況の中で先んじて動けるのは、己としての芯を強く持つ者である。
この中では、レライエにその優位が有った。
「バティン、アルファス! お前達は何も構わずお前達の戦いをしろ!!」
「――!?」
言葉を掛けられた二人は、未だアラヤと同化しているビフロンスの真意を、把握仕切れてはいなかったのだが……。
「アガレスが何を企んでビフロンスを放ったか、ビフロンス自身が何を思って行動しているか……そんな事はお前達にとっては何一つ関係の無い事だ! ヤるんだろ、アラヤへの報復を!」
「レライエ……」
バティンと、そしてアルファスも、固唾を飲んで奴の言葉を聞いていた。
「それに相手がビフロンスなら、或る意味じゃ同じ悪魔だろうが殺し放題だ。そいつは悪魔の禁忌の外に在る」
アラヤとの戦いの邪魔になるというのなら、構わず彼女ごと打ち倒せとレライエは告げる。
奴は戦いに在っては、他者の思いに対しての己の完全理解を、待たない。
理解出来ようが出来まいが、戦いの中では向き合うしか無いと知るからだ。
「闘争心を司るこの俺が、お前達の戦いの思いを赦してやるぜ」
レライエの言葉は、真っ直ぐに燃え滾る感情に彩られていた。
奴の言葉を聞く内に、徐々に二人の心に戦意の火が蘇っていく。
「……ふん。癪ですね、お前に背中を押されるなどとはっ!」
「まったくだ。しかし、お陰で否応無しに目が冴えた!」
バティンアルファスは鋭い表情で、アラヤと――そしてビフロンスを見据える。
「行きますよアルファス」
「ああ、俺達こそが信念を通す」
バティンとアルファスもまた、悪魔なのである。最終的には、自分達の意志を尊重してみせた。
そして、サクスも――。
「サクス、例え直接的な戦闘力はクズ虫同然であったとしても、俺は相手に対して手を抜くなんて無礼な真似はしねえ。――覚悟を決めろよ?」
レライエの言葉に、彼女は気丈に答える。
「アラヤの為に死ぬ事になるのなら、それも構わないと思ってるわ。でもそれとは別に、私なんかにも本気の戦意を向けてくれる事には感謝したいという気持ちも有る」
アラヤの戦いに付き従うと決まった時から、サクスはこういう状況に陥る事も覚悟していた。
だから彼女はその視線を、主人たるアラヤへと移す。
「アラヤ、私はレライエを抑えます。一時貴方の傍を離れますが。どうかお許しを!」
そう告げながら、その手に口紅の容器に似た物を出現させて、その中身を解き放った。
瞬間、赤い霧が発生してサクスの周囲に広がり、その濃度の濃い霧に依って彼女の姿は掻き消えてしまった。
レライエはその赤い霧を見て舌打ちをする。
「血煙の魔道具か。成程最初から自分が狙われる可能性も、考えてはいたようだな」
レライエは魔力の影をその身に纏い、駆け出していく。
サクスの魔力の残り香を感知して彼女を追うつもりなのである。
アラヤはレライエが向かう方へと振り向いている。その表情は追われるサクスを案じるものだったが、しかし彼の前では既にバティンが息を整え、戦いを再開すべく騎槍を向けてきているのである。
「サクス! くそっ……」
レライエは途中、ゴモリーとすれ違った。
「――ッ!」
「……」
二人は視線を一切交わさなかった。
互いに互いを、自分が戦うべき相手ではないと判断していたからだ。
しかし、場に残ったゴモリーは唇の端を噛み締めていた。
「……私の力がもっと弱ければ良かったのに!」
――それなら相手の息の根を止めてしまう可能性に、悪魔の禁忌を破る事に怯えなくて済んだのに!!
心の中でそう叫ぶ。
その叫びは誰にも、アラヤにも届かない。
唇の端から一筋の血が流れる――サクスが放った血煙の霧と同じ、紛れも無い彼女の血だ。
……彼の背後から両腕をその肩へと回している精神体のビフロンスが、彼の耳元に顔を寄せ囁いてくる。
「サクスを追いつつ、バティン達相手に背中を見せながら戦う……もしそうするっていうなら相当の不利になるよ、アラヤ」
極めて冷静――そして的確な進言だった。
……少なくともこの異様な女は今、アラヤだけに対しては味方であるように振る舞っているらしい。
レライエ達が自分の生死を軽く扱ってきている事も、何とも思っていないようである。
「ああそうさ。今しばらくは、僕はキミの物だってそう思って良い」
「……!」
アラヤは無言だったが、それでも、自分が前へと向かなければならない事は分かっていた。
――(二)へつづく――




