第六話 悪魔の命から目を逸らさない(後半・二)
「レライエ、同じ個の悪魔である私を殺すっていうの?」
サクスは焦らず含みのある声で、レライエに対しそう問い掛ける。
サクス自身はあくまで間接的に相手を襲うタイプである。
もし直接的な力を行使するタイプの悪魔に狙われたなら、戦いの上では不利となる――それは彼女自身分かっていた。
……悪魔が悪魔を殺せるのなら、の話だが。
「レライエ、サクス如き矮小な存在に手を出す必要などありません! 例え奴の魔力がアラヤを助けていようと、それ含めて私とアルファスがこの男を討ち果たせば良いだけの事なのです!」
バティンがそう忠告していた。奴の額から流れる汗……それは決して強がり等では無く、もっと重大な事に対しての焦りの為だった。
しかし、レライエは鬼気迫る程の表情で首を横に振ったのである。
「……ビフロンスの顔を見た所為で、思い出しちまったんだよ。あのアスモデウスの野郎はそれでも悪魔同士で殺し合う事を、躊躇わなかったってな」
奴がその名前を口に出した瞬間に、アラヤの脳裏に半年前の映像が走った。
……魔霊を宿せし七十二人の個の悪魔は、一人一人がその命そのものに、熾烈なまでの個性を有している。
……悠久の時を、魔霊に依って我として生きてきたその七十二人は、それが故に同族殺しは赦されぬという運命を背負っている。
……その所業は、彼等自身の魔霊を彼等自身が冒涜する事に繋がるからだ。
――アスモデウスだったから、自分自身にあの凄惨さを招いても我を失いはしなかったんだろうが。……レライエめ、あいつとも張り合おうってつもりか!
アラヤは大きく舌打ちをしながら、レライエへと向けて駆け出した!
「レライエッ! サクスをやらせはしないっ!!」
アラヤとサクスにはバティンがさっき吐いた言葉以前に、例え彼女の助力が知られたとしても、奴等はアラヤを狙うしか無いという読みが有ったのである。
それは悪魔の同族殺しに依って起こる現象が、彼等にとって耐え難き苦痛だと知っているからに他ならない。
同じくそれを知っていて尚その苦痛を受け入れてみせようとする悪魔が、あのアスモデウス以外に居る等とは思わなかった。
そしてその悪魔レライエが、サクスを伴ったこの戦いで出て来る等とは予測しなかった。
しかし、当のレライエはこう叫ぶ。
「戦いの流れの中で起きる事だ! 禁忌破りになろうと仕方が無いってもんだよなぁお前達ぃ!!」
戦場の熱気を受け激しい高揚に酔い痴れる……等という事は、このレライエには縁の無い事だ。
奴は戦いの中でただひたすらに、己の闘争心を己に正直に発現しているだけなのである。
何時如何なる状況であろうとも、全力で我を貫き通すのが悪魔という生き物なのだから。
アラヤもこう叫ぶ。
「俺にもそれは分かる! でもだからこそ阻止にも全力を尽くす!」
アラヤもまた仲間の危機に対し決して浮き足立たず、覚悟をした上で事に臨んでいるのだ。
予測の外の出来事だろうと向き合って対処をする。
しかし――!!
「違うな、それはキミの取るような行動じゃあ無い」
突如聴こえた女の声。
その次の瞬間には、アラヤの眼前に眩い程の緑の光が出現して彼の行く手を完全に遮った。
「来たか」
レライエがニヤリと笑い、
「ビフロンスですか!」
「何をする気だ!」
バティンとアルファスが彼女に向けて叫ぶ。
「――お前ッ!」
その緑光から感じ取った女の気配に、アラヤは自分でも分からないままに、イラつきの衝動に駆られていた。
緑光の中から色濃い緑の人影が浮き出ていき、その貌が辛うじて認識出来る位にまで彼女ビフロンスが実体化した時――
「邪魔をするなぁっ!」
――アラヤはただイラつくままに、ビフロンスの首元に当たる部分へと右手を伸ばした。
だが、その手は彼女の首をすり抜ける。
「――うん、そうだね。キミは出来る出来ないじゃなく、ヤると決めた事をヤるのがきっと似合ってるよ」
ビフロンスはアラヤが自分にしようとした事に対しては、何も気にしていないようだった。
ただふと微笑みを返す。そこに含まれた感情は、アラヤから見て――好感であると取れるものだった。
ただ、自分に対するものでは無いとも理解する……彼女の眼がこちらに向いていながら、まるでその視線が自分を擦り抜けているように感じられたからである。
そのまま……
「キミは僕の相手をする。そうだろう?」
……ビフロンスの身体はまた緑光の中に溶け込み、そして彼女の存在をも内包する緑光は、アラヤの身体の中にまで侵入していったのだ。
――(三)へつづく――




