第六話 悪魔の命から目を逸らさない(後半・一)
例えアラヤが二人の攻撃を巧みに躱しているとしても、バティンが攻めの手を緩めない限りは、彼の反撃がアルファスにまで及ぶ事は無いだろう。
バティンはそれを理解する。そしてその理解が奴の戦意を肥大化させていく。
「アラヤ、これを凌ぎ切る事が出来ますかっ!」
バティンの身体から魔力の昂ぶりが生じて、滾る。
「ふん」
アラヤはそれを――好機だと判断した。
そして、
「……ちっ」
レライエも、舌打ちをした。
アラヤはここでテラー・シェードを発現させ、バティンの攻撃へと備える。
バティンの騎槍が光煌めく。
正確には、そう見える程に速い突きが放たれたのだ。
「ピアシング・サン・ライト!!」
刺し貫く陽光という意のバティンの魔技……超高速の騎槍の突きが、まるで一瞬の内に幾多もの光線が降り注ぐかのように、アラヤへと打ち込まれていく。
しかし! ――アラヤにはその光線の軌道さえ見えていた。
「ハッ!」
アラヤはバティンの突きを、それと同等の超高速の騎槍捌きで受け止めていくのである。
バティンが突く騎槍の煌めきとアラヤの荒ぶる影を纏った騎槍が激しく交錯し、多量の火花を散らせてゆく!
「――くっ!?」
バティンはアラヤのこれ程までの動きを、自分の攻めに対する対応力を、予想だにしていなかった。
バティンは焦る。己の魔技が、相手を討ち取る決定力を持たない事実に。
だが、一度膨れ上がった戦意はそう簡単に鎮める事などは出来ない。
騎槍で突く、ひたすらに――まだ突き切れる内は。
「お、おのれぇ!!」
バティンの魔力が激しく燃え上がるが、しかし、それで突きの速さが増す等という事が起こる訳では無かった。
この魔力の放出は、ただ奴が無駄に力んでしまっているというだけの、その証明に過ぎなかったのだから。
一方でアラヤのテラー・シェードは、それまでの荒ぶる影から様相を変えつつあった。
「――ッ!」
――見える! 俺はそれを、俺の意思で見据える!
心に灯した戦意はそのままに、だが洗練し収束し、その放出そのものは見た目には緩やかになっていく。
「バティン!」
アルファスは攻め続けている自分の友の劣勢に気が付いたが、援助の手を差し出す事が出来なかった。
グランド・バッシュを放とうにも、バティンがアラヤへと肉薄し過ぎていたのである。
今手を出せばバティンもろとも攻撃してしまう。
「……アルファスめ」
レライエは、奴の攻め倦ねている様子を見てその心境を理解した。
それらの様子を、サクスは全て見通す。
――個の悪魔が四人も出てきた事には焦ったが、この状況で奴等に出来る事など有りはしないわ。
そう思っていた。
……しかし、矢は飛んだ。
「――ツ!」
アラヤとバティンは寸での所で互いに後方へと跳び退り、矢は丁度二人がせめぎ合っていた空間のど真ん中を貫いた。
「レライエ、貴様っ!!」
誰よりも先にアルファスが、矢を放った主である奴に非難の叫びを上げる。
「今の射撃、一つ間違えればバティンに命中していた可能性も有った! 貴様それを分かっていて撃ったな!」
奴のその非難に、しかしレライエは毅然とした表情で答える。
「ああ、その通りだ」
あれ程の至近距離で凌ぎを削っていた二人の、そのどちらかを狙って矢を射るなど不可能だ。
寧ろ狙おうと試みた分だけ時間の無駄――それがレライエには分かっていたから、今の射撃を迷わなかったのである。
「放っておけばバティンはアラヤから大打撃を受けていた、だから撃った。だが俺の矢に何の反応すら出来ないようなら、どの道どう転んでもこいつはアラヤと、そしてサクスには勝てやしない」
そう言ってレライエは、アラヤには一瞥くれて、そのままサクスへと視線を向けた。
「……一体どうしたっていうのよ。私なんかを気に掛けるなんて」
「しらばっくれるなよ。さっきまでのアラヤの調子の良い動き、そいつ一人でやり切れるなんてこの俺が思う訳無いだろ」
アラヤの表情が険しくなった。それはレライエの言葉の意図を理解したからだ。
――そうか。こいつが最初にサクスの助力に感付くか。
その事自体はこちらが仕掛ける罠の為の手筈通りだと、アラヤと、そしてサクスも思っていた。
バティンが、呼吸を乱した状態で言葉を発する。
「サクスが、アラヤの手助けをしていたというのですか……その力で、間接的に……」
昂っていた戦意が途切れたバティンは、その反動から精神力を急激に消耗していたのである。
だがそれは奴にとって、まだマシと言える状況だった。
あのままアラヤに攻撃を続けていたなら、奴はやがて決死の覚悟を強いられる事になっていただろう。
「そうか。サクス、お前の能力でアラヤの視覚を強化していたのですね……小賢しい事を……」
バティンの口惜しげな視線を受けるサクスは、しかし奴に対し勝ち誇る素振りを微塵も見せず。怪訝な表情を――知らない振りを通してみせた。
「お前を圧倒したのは、紛れも無くアラヤ自身。敵であるお前達がこの御方の力を見くびるのは、私には耐え難いわね」
「ほう」
レライエはそんなサクスを見て、唇の端を吊り上げた。
「手前の能力を相手に対しては誇らないのか。主人の為に、自分はあくまで陰に徹するっていうんだな? ……気に入ったぜサクス、お前は俺が狩る事にする」
奴はそう言って、自身の得物である大弓をサクスに向けて構える。
その眼は奴の闘争心を表しているかのように、熱くギラついていた。
――(二)へつづく――




