第六話 悪魔の命から目を逸らさない(前半・三)
レライエは今は二人の打ち合いを見据えている。
「俺が撃ってなきゃあ、アラヤは速攻でバティン達に魔技を放ってたかもしれねぇ。分かるか、ビフロンス」
今は奴の傍には誰も居ないが、それでもその名を呼んで話し続ける。
「或る程度アラヤの事を見てから仕掛ける気だな。俺も俺のタイミングで動くぜ」
返事などは聞こえない。
しかしレライエには、今この戦場に流れる気を感じ取る事で大体は分かるのだ。
――嵐の前の、ってやつか。
レライエはそんな事を思いながら、周囲の気配へと意識を向ける。
――ここは嵐の源になる奴には事欠かないな――と、そんな事も思う。
レライエがふと振り向いた先に、サクスの姿が在った。
※
異空間に存在する悪魔の宮殿は、一つではない。
アラヤに味方する悪魔達もまた、宮殿を持つのである。
その宮殿の一室は内部が更に別の空間になっていて、其処に展開される広大な空と大地の中で、今リョーコが霊馬騎乗の特訓を終えた。
「良くやったなリョーコ」
彼女の成果を見届けたエリゴスが、感慨深げな表情で彼女に声を掛ける。
「ありがとうございますっ! ここまでやれたのも全部先生のお陰です!」
長袖トレーナーシャツにジャージズボン姿で、額に汗を流しながら屈託の無い笑顔でそう応えるリョーコ。
彼女の傍らには、仄かに赤みが混じった黒毛の馬の姿が在った。
鬣は長く、より漆黒に近い――。
異様と云える様相を持つこの霊馬は、普通の人間が見れば不吉と捉えるに違いなく、実際にそれは表面上では当たってもいる。
しかしそれを押しても至極強壮な馬だった。
例え内包する不運の気が在ったとしても、それ以外の全ての外的な不運は、逆に自身が蹴散らしてしまうであろう……少なくとも、悪魔であればこの馬をそういう風に見る。
そして、リョーコも――
「それにこの子は凄く勘が良いですから、特訓の途中からは寧ろこの子が私を引っ張ってくれてました。ありがとね、カーテンコール」
――この馬を自分で付けた名前で呼んで、親しげに微笑むのであった。
彼女のこの心の芯からの朗らかさは、この異空間の宮殿に於いて、正に可憐に咲く一輪の花のようだった。
――この真っ直ぐに咲き誇るリョーコの心強さは、必ずやアラヤの戦いの支えとなる――エリゴスはそう確信していた。
だからこそ、エリゴスはまだ疲労の残る彼女に今の事態を告げる事を躊躇わなかった。
「……リョーコ。実はついさっき、アラヤ達がバティンアルファスと遭遇した」
「えっ、じゃあ遂にサクスとの連携が活かされる時が来たんですね」
「そう願いたい所だが、厄介な事になった。現れた個の悪魔は更に居る……それも飛び切り厄介な二人だ」
エリゴスはレライエとビフロンスを、そういう風に評価していた。
「そんな! アラヤ様だけじゃなく、アガレス一派も連携を強化してきたっていうんですか!?」
それはリョーコの、率直に過ぎる考えだった。
これまでにエリゴス達と触れ合ってきた彼女の中では、悪魔という種族にも互いに力を合わせる意識が自然に存在する――という認識があったのだ。
エリゴスは彼女が悪魔をそんな風に思っている事に気付いて、それ故に苦渋の表情となった。
「いや、奴等――レライエとビフロンスに、他の者と歩調を合わせるなどという事が出来るとは私には到底思えない。だからこそここで奴等が出てきた事が怖いんだ、最早一つ先の展開さえ全く読めなくなったと言っていい」
「レライエって、あのレライエですか? ビフロンスってのは、今までネットでは出てなかったですけど……」
「奴は正確にはアガレス一派ではないからな。しかしその魔力は凄まじく高い……それに奴は他の悪魔の魔霊を、決して己を失う事無くその身に受け止められるのだ」
「魔霊って……」
リョーコの中で、以前アラヤから聞かされていた言葉が思い出される。
――悪魔とは悪を識り司る魔霊宿せしもの――その時には悪魔というだけで悪という訳ではない、という意味だけの言葉として受け止めていたが……。
リョーコにはエリゴスの表情が、まるで痛みさえ伴っているかのように見えた。
※
アラヤはバティンの攻撃を巧みに捌き、そして奴に隙あらば自分からも攻撃を加えていた。
「グランド・バッシュ!」
奴の後方からアルファスが魔技で造ったアスファルトの盾を放ってきても、冷静に、躱す。
正確には、アラヤにはアルファスが魔技を発動する前から、その呼吸や魔力の高まりを感じ取れる事が出来ていた。
だからバティンを相手にしながらの回避もそう難しくは無かったのである。
そして、それはサクスの魔技の賜物であった。
……サクスは、一人静かにその気を周囲一帯に放出させていた。
極めて薄い濃度で。しかし己の確固たる意思の元に。
――見えるわ。民衆の様子も、アラヤやバティンアルファスの戦闘も、それを見守るゴモリーも、何をするか分かったものでは無いレライエの事も。
彼女は自身の視覚を放出した魔力に溶け合わせて、その放出した範囲内を見渡していたのである。
その広大な視野の中から、アラヤにとって今必要であるバティンアルファスの動きの感知だけを、彼の意識へと飛ばし共有させていたのだ。
ティナシティ・シーカー――不撓の見識者という意味持つ、サクスの魔技だ。
その名には決して自身が華とはならない、しかしどんな場所であっても凜然と立つという、彼女の信念が籠められている。
アラヤはそのサクスの魔技の助力を得て戦っている。
――見える! 意識を一点へと鋭く尖ってしまいがちだった俺が、今決して戦いの熱気に乗り過ぎる事無く、二人の強敵を相手にその動きをしっかりと捉える事が出来ている!
「くっ、何故押し込む事が出来ないのですか!?」
バティンの表情に焦りの色が浮かんだ。
サクスがティナシティ・シーカー発動の為に飛散させている魔力は極めて薄い――故に相手からは気取られ難い。
戦いの熱気に駆られた者に対しては、特にそうであろう。
「落ち着けバティン、お前には俺が付いているのだから!」
後方からアルファスの声が届く。
「……そうですね、その通りですアルファス!」
そのたった一言の言葉でバティンは調子を取り戻した。友への信頼故に、だ。
――後半へ続く――




