第六話 悪魔の命から目を逸らさない(序幕・三)
レライエは、ずっと鋭い目つきで事の流れを見守っている。
そんな彼に――
「レライエ、お前には久方振りに地上に出るビフロンスの護衛を任せたいのじゃが……頼めるかのう……?」
――アガレスが落ち着いた表情で、しかし語気に強さを孕ませながら言う。
「……俺にまで出張れってのかよ。はっ、まるでアガレス一派の戦力大集結って感じだな」
一笑しおどけた風に言ってみせたレライエだったが、しかしそのまま張り詰めた空気を纏い、アガレスの間近へと詰め寄っていく。
「――アガレス、こればかりはお前らしい判断だとは思えないぜ。俺達悪魔はそれぞれに皆我が強い。その心の個性を考慮せず無闇に組ませたとて、それは互いの力を殺し合う結果になりかねない」
人差し指を立てアガレスの喉元を指しながら、レライエは奴にそう告げる。
「確かにのう。じゃが儂は、あの童に相対する時だけはどんな悪魔も団結出来ると信じておるのじゃよ」
アガレスはレライエの眼を真っ直ぐに見据えながら、そう返した。
「妄言だな」
レライエはそう断じたが……
「レライエ、少なくとも私とアルファスは常日頃より心を通わせ合っています! ――だから貴方は今回、このビフロンスを護るという任を果たしさえすれば良いでしょう。もっとも護る必要が有るとは私には思えませんがね」
……バティンが、奴にそう言葉を掛けるのである。
その口調には圧力が込められていたが、これは彼なりにレライエに気を回したが為の発言だったのだ。
――確かに一朝一夕で団結出来る程、心の絆というものは軽くはありません。しかし私とアルファスの戦いを見る事で、お前に少しは友情について考えてみて欲しいとも思うのですよ、レライエ。
バティンはレライエに対し、決して押し付けるでもなく、ほんの気紛れのようにそう心で呟いた。
レライエは、極めて冷静に……バティンは何も分かっていないと思っていた。
レライエは、他の誰にも聞こえないように小声でアガレスに問い掛ける。
「どうしてビフロンスにアラヤの掬火を移した?」
その問いにアガレスは、微かに表情の色を変えた。
「……童自身へと、無事に返してやる為じゃよ」
レライエにはその言葉の意味がよく理解出来た。
不可解と感じたのは精々、アガレスが――優しげな顔をしていた事についてだけだ。
――その為のビフロンスかよ。確かに奴の能力なら、生きながらにしてそれが可能だろうが……こいつのアラヤへの拘りようも並じゃあないな。
アガレスとしてはこちら側とアラヤのどっちが勝利しようが、自分の目的さえ果たせられればそれで良いのだろう。
アガレス一派とはそもそもその目的の為に創られた組織であり、その事自体は奴の下に集った柱の位の悪魔達も、承知はしている。
奴はアガレスに背を向けて、バティン達の方へと歩いていく。
「分かった、俺も行ってやる」
バティンとアルファスを見遣りながらそう言って、そして最後に、彼女の傍に立つ。
「今の現世はお前にとっても楽しいものに違いねぇぜ。まあ、はしゃげばいいさ」
レライエの言葉に、彼女――ビフロンスは、笑った。
「はは、そうだね。アスモデウスの、魔霊とも逢えるしね」
その名を口にした時、彼女の笑みは凍てつくような鋭さを露わにして、その美しさを一際高めさせた。
「……ああ。きっと、忘れられない出逢いになるぜ」
言葉で伝えるよりも、実際に見た方が早いという事も在る。
例え言葉を巧みに操る悪魔であってもだ。――それを、レライエは他のどの悪魔よりも知っている。
――セナ・アラヤ、今回お前の戦意は何処まで昇る?
※
街に悪魔の軍団が現れて、民衆と戦いを繰り広げていた。
そう、戦いだ。
これまでに赤爪の反逆王子が彩った悪魔達との戦いの記録は、人間達の心にも確実な変化をもたらしていたのだ。
それは、立ち向かう心である。
だがそうは言っても、悪魔に対して対等という訳にはいかない。……精々、傍に居る大事な人をようやく守れるかといった程度の反抗だ。
それでも、その行いを為せる事そのものには尊さが有る。
「皆、フレンチキッス属はまだなんとかなる! でもグラヴァトン属には手を出すな!」
「ケイジー属が上から攻撃してくるの、なんとか出来ないの!?」
民衆同士が声を掛け合っている。
ケイジー属とは属体悪魔の一種で、人型ではあるが下半身が鳥の羽に覆われ、同じく背中から鳥の翼を生やした姿をしていた。
奴らは直接地上に降りる事無く、その翼から羽を弾丸のように人間目掛けて撃ち込んで襲うのだった。
「ぐぁっ!!」
ケイジー属の羽は撃つとその付け根が鋭く尖る。
今その羽の弾丸を受けた人間が地面に倒れ込んだ。
「クカカカッ!」
奴らの高笑いが空に響く。
奴の羽には即効性の麻痺毒が含まれ、撃った人間から一時的に身体の自由を奪うのだ。
地上のフレンチキッス属が倒れた人間の傍へと来て、いやらしい笑みを浮かべながら、青白い刃の剣でその人間を突き刺す。
「キヒヒッ!」
属体悪魔が見せる表情は、人間からすればこの上なく分かり易い。
人間のように何かを取り繕ったりするという概念が、奴等には皆無だからである。
「く、くそっ。馬鹿にしやがって!」
民衆が悪魔の愉悦の表情に対し露わにしたのは、悔しげながらも反抗の意思を崩さない表情だ。
少し前までのただ襲われるがままになっていた頃よりも、その負の心の掬火は輝きを持っていた……。
そんな彼等の質の高まった掬火を刈り取ろうと、空を飛ぶケイジー属が羽を撃ち込もうとする。
しかし――。
「カカッ!?」
突如奴らが驚いたような声を発し、その撃った羽も狙いの人間から外れた場所に当たってしまう。
「なんだ……?」
空の悪魔の異変を察した民衆の瞳が次に捉えたのは、赤い光の線を描きながらケイジー属達の翼を貫いていく騎槍であった。
アラヤが来たのである。
――前半へ続く――




