幕間 自分らしさで、技と心を鍛える(三)
ハーゲンティの優しさを、仲間の悪魔も知っているのだろう。だから次に施術を受けるべく待っていたエリゴスは、彼らの前で――
「さあさあ、早く私の怪我にも軟膏を塗ってくれ」
――と、躊躇う事も無く自分の上着を、彼らの目の前でぽんと脱いでみせるのだ。
「馬鹿者、本当にこんな場所で脱ぐな!」
幾ら周囲に人の気配が無いとはいえここは野外、彼女の行動は女としては大胆だと言える。
アンティーク感漂う淡い紫色のブラジャーを堂々と晒す彼女に、だがアラヤの方は特に取り乱したりもせず、場所を空けてやっていた。
「ナイス槍術」
「貴公もな」
すれ違いざま、アラヤとエリゴスは互いの技を讃え、拳と拳を合わせるなどしてみせる。
アラヤに関してはそれで良かった。彼と彼女は性差を超えて得物を交える仲なのだから。
ただ、そういう間柄という訳でも無く、更に自身が朴念仁であるハーゲンティの方はそうもいかない。
「……エリゴスよ。貴様はニホンの女の嗜みに馴染もうと努力をしているのだろ。ならば、もう少し奴らのような恥じらいも学んだ方が良いのではないのか?」
エリゴスに対し、彼はただただとても気難しそうな顔を向けていた。
「いや、人間が地獄と呼ぶ我らの故郷であれば、どんな場所でも貴様の好きな格好をすればいいだろう。しかしこの街ではだな――」
そんな風な事を言って、彼女を窘めようとするのである。
しかし彼がそういう反応をする事を、エリゴスは最初から見越していたのだ。
「自らが戦いに関わる立場なのであれば、女といえど普段とは事情が異なってしまうような、そんな事態だって来るかもしれないだろう? 私はニホンの女の精神に倣ったその上で、私という一人の女として今その事態に備えているのだ。……最も、お前とアラヤが傍に居てくれているからこそこんな真似が出来る、というのも確かだがな」
エリゴスの悪戯っぽい笑みと共に述べられたその言葉は、彼女の誇り高さが宿っているものではあったのだが――どちらかといえば最後の部分に特に、彼女の感情が乗っていた。
「――? お、おう……」
ハーゲンティはエリゴスが言った事の密度の高さに、まるで理解が追い付いていなかった。だがこういう所まで含めて、彼らしいのである。
そんな二人のやり取りを、サクスが呆れた顔をしながら眺めていた。
――エリゴスの奴、意外と悪いオンナね。ハーゲンティの方も相当の逸材だけれど。
男としてか、それとも単なるからかい相手としてか……その『逸材』という単語に秘められた意味は、中々に深そうである。
しかしそうしている内にも、彼の軟膏を塗る施術はきちんと行われていたのだ。
エリゴスも施術に関わる事では悪ふざけはしないし、ハーゲンティもからかわれても手捌きに乱れなどは生じさせない。
技術というものに関しては、しっかりと敬意を持ちそれを示す。そこを外していたのでは、オトナの女と男だとは成り得ない。
「サクス、俺の戦いの呼吸はどれ位感じ取れるようになった?」
アラヤがサクスの元へとやって来て、そう言葉を掛けたのだ。
「は、はい。もう、かなり……」
緊張した様子でそう答えるサクス。彼女にとってはオトナの男女の事よりも、彼の精神の強さの方が、遙かに魅力の純度が上だからだ。
「そうか。来るべきバティンとアルファスとの戦闘の時には、お前の力が頼みになる。だがその機を見極めるには俺だけで無く、お前自身も戦いの流れを理解して貰わないといけない」
アラヤは彼女にそう注意を促す。
「分かってますとも。私も元々直接的な戦闘の事を、まるで知らない訳ではありません。貴方の呼吸により合わせてご覧に入れます」
サクスは湿った笑みを浮かべながら、そう言ってみせた。
「成程、頼もしいな」
アラヤもまた微笑み返しながらそう告げる。彼にとって彼女の見知った湿った感じは、今や悪い気のしないものなのである。
「いえ、そんな……貴方にそんな事を言って貰える程では無いかと……」
アラヤが褒めると、彼女はそれを恐れ多いとして受け止めかねてしまう。そんな所も、彼は嫌いでは無い。
ただ、今の彼には彼自身の問題として、決して無視の出来ない思いが有った。
「それでも、知恵と力を尽くしてくれるのは有り難いのさ。これは俺にとって初めての、仲間と共に挑む戦いだからな」
アラヤはこの時はサクスではなく、自分の正面に視線を向けていた。
見ているものは目の前にあるものではなく、もっとずっと遠くの、きっと彼の思いの先だけに在る何かなのだろう。
サクスには、そんな風に感じられるのだった。
だからこそ、彼女はその湿った心に情熱を灯す。
「……私は貴方の思いを果たす為の一助となってみせます」
――それが貴方への、私らしい忠誠だから。
友情なども、それ自体は悪くはないとサクスはそう思っている。
しかし彼女には、そういう心の温かさとは方向の異なる、自分がこうだと信じる自分の思いの紡ぎ方というものが在るのだ。
――ひたすらに何かに、我を忘れてしまえる位に――その何かが大きいものならば、尚良い。
アラヤはそれを、彼女の心の波長として受け止める。
「ああ。お前のその思いも乗せて、俺は戦うさ」
アラヤが抱く思いは、まだ止まる所を知らない。
――第六話へ続く――




