幕間 デモニクカジュアル・ガールズトーク(二)
「すまないリョーコ、お陰で助かった」
「いえ、これ位どうってことありませんよ、あはは……」
そう答えたものの明らかに気疲れしている様子のリョーコに、エリゴスも流石に居た堪れなくなる。
「……そうだな、アラヤの人間からの評判の事については、しっかりと話そう。私も時折、他の悪魔達の動向を調べる一環として、自分の携帯端末でググるという事をする」
「お前相当ニホンの文化に馴染んでるのね」
「サクス、今はツッコまないでいてあげてよ」
「……こほん。ネットには当然悪魔と戦うアラヤの事も書かれていて、それが目に入りもするのだが。当初は『ヤツは悪魔の化身か?』だとか『表情が悪魔より怖い!』だとか……あまり良い心地がしないものが多かったのが気になった」
「先生からすれば、悪魔みたいだって言葉が悪口みたいに使われてる事自体も気分の良いものじゃないだろうし、そういうの、凄く分かります」
「うむ。人間の多くは、悪魔という単語そのものにネガティブな心象を抱いているとは私も理解している。だから今更そこで憤ったりはしないが……。それよりも、命を懸けて戦っているアラヤが、真っ当な人では無いような扱いを受けているのが嫌だという風に感じたのだよ」
エリゴスの後半の言葉は、彼女の苦笑と共にあった。
「……へえ。でもその気持ち、私も同意するわよ」
サクスが憮然とした表情でありつつもそう同意した事に、エリゴスもリョーコも驚いた。
「何よ。だってそれはそうでしょう、アラヤは私が悪魔として大事にしている思いを、あれ程受け入れてくれているのよ? 私だってあの人のそれと同じ位、あの人が人間である事を尊ぶわよ。そんなの当たり前でしょうが」
サクスは強い口調でそう言い放つ。しかしその誠心は十分に感じられた。
「そ、そっか」
「成程、な。サクス、その思いに私は敬意を表するぞ」
二人の感嘆の言葉に、サクスはあくまで「ふん」と短く応える。
「……エリゴス、お前の話を続けなさいよ」
そう促しもするが、その口調にはサクスの若干の照れ隠しも混じっていたのであった。
「ふっ。ああ、そうだな。――私はとあるアラヤの戦闘動画に、思い立って『しかし彼は襲い来る悪魔の恐怖に逆らい戦い続けている。その姿からは純真な気高さが見える。私はそんな彼を称えて、赤爪の反逆王子とでも呼びたい気持ちだぞ』と、そんなコメントを打ち込んだ。それ自体はほんの気紛れのようなもので、何もしてやらないよりは良いだろうという、本当に軽い気持ちだったのだ」
エリゴスはそこでふと夜空を見上げた。
「そしたら、その異名が流行った」
「いきなり、ですか?」
そう尋ねるリョーコに、エリゴスは優しく頷き返す。
「うむ。まるでそれまでは隠れていただけだったかのように、『それ、じわじわと良いなって気がしてきた』とか『おお、なんか似合うじゃねーか。あいつ技の名前叫ぶ時とか結構中二病ぽいしな!』とか、口々にそういうコメントが出始めてな。数日もしない内には、それが異名として定着していたんだ。これがいつまで持続するのかは私には分からんが、少なくともアラヤの戦いを価値あるものとして見ている者が居たのだと知れたのは嬉しかった」
「先生……」
「まあ、アラヤ自身はそんな評判など微塵も気にしていない訳だがな」
エリゴスは照れ臭そうにうなじを掻きながらそう言った。しかし例えそうでも、彼女が同じ人間の共感する心を拾い上げている事は、広い意味では確かにアラヤの為になっているのである。
リョーコはエリゴスが人間というものにも目を向けていると知り、同時に、自分がアラヤの事ばかりを考えてそこまで見えていなかったと気付いた。
エリゴスの民衆への評価に被せるように、サクスもまた言葉を発する。
「人間って、自分の思いを隠すのが好きだものね。まあ悪魔はそこを突いて格好の餌食にする訳だけど。……良いんじゃない? 後の事を気にし過ぎて今をつまらなくするよりは。思いのうねりっていうものは、人間自身が思ってるよりも遥かに大きくて、そして沢山隠れているものよ。適度に突かなくちゃただただ澱んで膿が出るだけだわ」
彼女はあくまで彼女らしく、民衆の不安定さをうんざりした気持ちで受け止めているのであったが。
しかしそれを彼女自身が隠さない事が、リョーコには美徳であるようにも感じられたのである。
「そっか。……確かに先の事ばかり気にして不安がって、それで今を疎かにしちゃあいけないっていうか、勿体無いですもんね! 変な事気にしちゃってごめんなさい。それに、本気でアラヤ様を応援してくれる人だって、その中から出てくるかもしれないですし」
自分もその一人だったのだから。ならば少なくとも希望を紡ぐ事は出来ると、リョーコはそんな風に思う。
「ああ。根拠は持てないが、そうなれば素敵な事だと私は思うぞ。――それにしてもサクス、お前もまたお前なりに一本筋の通った奴なのだな」
「悪魔はそもそもそういうものでしょ」
「いや、お前はその悪魔の中でも自身の思いが強固だ。そうだ、私とトークアプリのフレンドになってくれ」
「はあ? なんでいきなりそうなるのよ。……まったく。別に構わないけど、私は大体の事は既読スルーするからそのつもりで居てね」
話の盛り上がりの中で突如そんなやり取りが始まって、リョーコは携帯端末を取り出す二人を前に苦笑していた。
「あはは……」
――なんていうか、逞しいなぁ。
しかし、そんな彼女らを好きだなと思いもするのであった。
――次の幕間へ続く――




