第五話 マルチプル・コンビネーションをヤる(後半・二)
※
異空間、その中に存在するアガレス一派の宮殿の大広間――。
レライエはこの場の騒々しさに若干、イラついていた。
「アルファス、とにかくお前はそのド派手な傷を本格的に治療してこい。バティン、お前は単純にうるさいから帰れ」
レライエの言葉に、騒々しさの元凶であるバティンが憤慨する。
「酷い言い様じゃないかレライエッ! アルファスは今、私の知る薬草術で! 私が傷を癒やしている最中なんですよっ!」
その言葉の通り確かにアルファスは床に横たわり、その傷にはバティンが自ら作って所持していた軟膏が塗られていたのである。
「治療の腕前はともかく、その口喧しさがそいつの傷には悪影響だと言ってやってるんだ」
「なんだとっ!」
「うう……」
バティンが叫んだと同時に、目を閉じて安静にしている筈のアルファスが苦悶の声を上げた。
「それ見た事かよ」
「ああっ、すまないアルファス……!」
バティンは自分の失態を素直に詫びてから、しかしレライエに向けてはやはり文句を言うのをやめない。
「私達は志を同じくする同士でしょう。それに今はあの憎きセナ・アラヤを共通の敵ともしている。お前にももっと、仲間を気遣う態度を前へと出して欲しいものですね」
流石に声のトーンは抑えていたが、それでも言葉から滲む語気は強かった。
外見は若者のような彼だが、そもそも悪魔は肉体年齢と実際の生きた年月が一致しない存在――故にどんな悪魔であれ、彼らの本気の言葉には重みが出る。
「志はそうだな。ただ……」
レライエはすぅっと眼を細めて、その若者のような外見のバティンを――あの赤い爪の彼と同輩のような外見のバティンを見据えて言う。
「戦う相手に対してまで一々同じ感情を向けろというのは……それはお前のわがままに過ぎないぜ」
「セナ・アラヤの事ですか?」
バティンがその名を再度口にした時、レライエの眼が静かに鋭さを増した。
「ああそうだ。あの、セナ・アラヤだな」
「何故です。奴との因縁という意味では寧ろお前の方が根深いと、私はそう認識していたのですが?」
バティンはレライエの様子を訝しみながら、こう語る。
「あのアスモデウスが殺した七人の悪魔の内の四人は、私達アガレス一派の仲間でした。……半年前のあの日にレライエ、お前が半死半生となりながらもやっとの事で奴に致命傷を負わせましたが――その直後に奴と、そしてお前は、あのセナ・アラヤと邂逅してしまった」
レライエはバティンの言葉を鬱陶しいと感じたが、彼の眼があくまで自分への敬意の念も宿していた事を認めて……話し続ける気になった。
「ああ。アラヤはあの日に死線を超えたと言っていたが、それは俺も同じ事だ。あの時のあの感触は忘れちゃいない。……ふん、或いはあのビフロンスのように生き返る能力でも有れば、生死の境目だろうと、派手に感情が揺り動きはしないのかもしれんがな」
「ビフロンス……今はアガレスが保護していますが、彼女については正直私の想像の及ぶ所ではありません。元々アガレス一派ではないですしね。しかしレライエ、お前は激情も真っ直ぐに表に表すタイプ――アラヤに対しては憎しみの気持ちを抱いていて当然なのではないですか。違うのですか?」
バティンの問いに、しかしレライエは「違うな」と答えた。
「俺が司るのは闘争心だ。ひたすら昇り、突く、戦の為の心。仲間意識だとか、憎むとか、そういう心の内側へと向かっていく感情とは、根本的に『向き』が異なる。……だからバティン。例えお前が仲間を思う気持ちで行動を起こしていても、それがもし俺の闘争心を侮辱するものとなった場合には、俺は同士であってもお前を撃つだろうよ」
そのレライエの言葉には、真に迫るものが在った……それは脅しの類い等では決して無い、純然たる真実だけを述べる心。
他のどんな事さえ顧みない、戦の心。
「レライエ……」
バティンははっと息を飲んだ。
「分かったならもう行けよ、アルファスの治療を二人きりの場所でやってやれば良い。……俺はうるさくされるのが嫌なだけで、お前の薬草術は認めてるからな」
レライエはそう言った時にはからかうような軽い表情となっていて、そして自分の右腕を前へと向ける。
アラヤのブラッド・バーストに依る火傷はもう完全に治っていた。
それには他でも無いバティンが作った軟膏の治癒力が、大きな助けとなっていたのである。
「……ふんっ、まったく。お前に言われるまでもありませんよ!」
バティンはそんな風に悪態を吐いてから、自分の軍団の悪魔を呼び出して、アルファスの体を運ばせていった。
彼は最後にこの場を離れたが、その時こんな言葉を言い残した。
「レライエ、お前の中に在るその闘争心は、紛う事無きこのアガレス一派の象徴足り得ますよ」
……静寂となった場の中で、一人残ったレライエはやれやれといった感じで頭を掻いた。
「俺だって別に仲間割れなんかしたくは無いぜ、バティン。だからこそ、心に根付く信念ってやつには迂闊に触れて欲しくは無いのさ」
彼は……仄かに優しげで、そしてほんの少しだけ、そんな事を言う自分自身に呆れているような表情をしていた。
「多分、あのアラヤもそうなんじゃないのか? あいつこそ、戦意の塊だからな……」
――(三)へつづく――




