第五話 マルチプル・コンビネーションをヤる(前半・三)
「うっ、くぅっ……」
バティンは戸惑いながらも、その眼はアラヤの旋回している騎槍へと釘付けになっていた。
しかしアラヤは「邪魔だ」と短く言い捨てて、そのまま掴んだバティンの騎槍を引き込み、ヤツの体ごと地面に放り捨てたのである。
「はべっ!?」
ヤツの間抜けた悲鳴を背に受けながら、アラヤは再び駆け出していく。
最初からの標的であるアルファスの元へと。
「くっ、よくもバティンを傷付けたな!」
自分の身に危険が迫っているにも関わらず、バティンの心配をするアルファス。
――悪魔同士でもそんな強い友情を持つ事が有るんだな。
アラヤはそんな思いを頭の片隅にチラつかせながら、今尚旋回させている騎槍に、荒ぶる影の力を注ぎ込んでいく。
「モード・チェンジ!」
個体の悪魔が扱う武具には、持ち主たる者の魔力の個性が色濃く反映されるものである。
魔力の個性を複数持つ者であれば、特性変換に依って武具の能力を自在に切り替える事も可能なのだ。
アラヤが騎槍をモード・チェンジさせ、黒き影のオーラを纏わせた。――その事実にアルファスが舌を巻く。
「人間で在りながら、あのアスモデウスの武具を自分の色に染めるだとっ!?」
――どういう言い回しだよ――アラヤにはその程度の感想しか湧かなかった。
だがアルファスのそれは言い得て妙ではあった。
本来は悪魔アスモデウスの個性にしか反応しない筈のその騎槍を、人間であるアラヤが自分の個性で、完全に調伏させているという事なのだから。
しかし、それでも。
「人間とか悪魔とか、今更そこに壁なんか作ってるんじゃねえよっ!!」
アラヤ自身が心の底からその程度の事としか思わないのであれば……どれだけ他者が喚き散らそうが、アラヤの言う事こそが真実となるのである。
アラヤの旋回する騎槍が、黒きオーラを激しく舞い散らせている。
騎槍に付く旗もまた同じく、華美たるその赤を舞わせている。
アラヤはその黒と赤が混じり合う様が一際苛烈となったのを――勝負の仕掛け時だと本能的に察知した。
「ハアッ!!」
この魔技にはまだ名前が無いが……ともあれ、アラヤが全力を解き放って一閃させた騎槍から強靱な黒きオーラの斬擊が出現して、アルファスへと襲い掛かったのだ!
「おのれ、グランド・ブルワーク!」
アルファスは自分の傍にアスファルトの盾を出現させ、防壁として使った。
そう、防壁だ――この盾は不動のものである為に、強固さが増しているのである。
衝突は一瞬の間だけ……。
「ば、馬鹿なっ!!」
……アルファスの防壁をアラヤの黒き斬擊が、まるで紙切れのように切り裂いたのだった。
斬擊はアルファスの体を襲い、ヤツの身に深く傷を負わせる。
多大に出血しているのをアラヤは見る、が……。
「手前の体まで、防御力が高いのか……」
アラヤの言葉通り、アルファスは胸から腹に掛けてを大きく傷付けていたが、それでも彼の攻撃を耐えてみせていた。
「ご、ごふっ……。恐ろしい力の持ち主よ、セナ・アラヤ。人間とは、思えぬ……」
――まだ言うか――アラヤはややうんざりしながら、とどめを刺すべく右手の指でブラッド・バースト発現の為の印章を描き始めた。
「アルファスッ!!」
背後からバティンの声がした。
アラヤは瞬時に背後を警戒したが、ヤツはアラヤには構わずに追い越し、アルファスの傍へと駆け付けていた。
「ここは一度引くぞアルファス!」
「……お前の判断に従おう、バティン」
「なっ!? おい、お前ら――」
アラヤの制止には耳を貸さず、二人の悪魔は彼を睨み付けながら、そのまま次元の歪みを発生させその中へと消えていった……。
「……逃げやがった。レライエの時といい、どうにも殺し切る所までいけないな」
民衆の彼の勝利への歓声が聞こえてきたが、アラヤ自身はそれには心動かず、舌打ち混じりにそんな風な事を言っていた。
しかし、戦いの終わりを察したゴモリーが自分の傍へと近付いてきた事には、そのアラヤも微妙な心持ちになってしまうのである。
「あの二人のコンビネーションを破ったのは、流石の機転だったわアラヤ」
優しげに微笑みながらそう言葉を掛けてくるゴモリーの眼を、アラヤは見る事が出来なかった。
「結局逃げられたけどな」
彼の素っ気無い態度に、ゴモリーは軽い溜息を吐く。
「どうして気を悪くしているの?」
『言わなくても分かって欲しい』などという気持ちは、淡くあやふやな思いを抱きがちな人間特有のもの……。
悪魔のゴモリーはあくまで、言葉を重ね合う事を尊ぶのである。
アラヤは居心地の悪さから頭を掻いた。
その手が自身の額から流れる血で濡れて、その感触で冷静になれて、やっとという感じで口を開く。
「……俺が勝手に拗ねてるだけさ。自分の力で戦い切れなかった事の、自分の力不足さにな。だからお前は気にしなくて良い」
……ゴモリーはアラヤの自身を恥じ入る言葉に、言うかどうかを迷ったが――。
自分の心が素直に生じさせたその思いを、彼へと伝えるのが良いのだろうなと決めた。
「……馬鹿ね。もっと、仲間を頼りにしなさい」
それはゴモリーにとっては、彼に嫌われるかもしれないと覚悟した上での――勇気を以て発した言葉でもあったのだ。
――後半へ続く――




