第四話 色欲が大罪でも、ゴモリーは受け止めてる(終局・三)
アラヤはそのままサクスへと向き直る。
「待たせたな。お前の事を軽んじてる訳じゃないんだが、こいつも悪魔とのやり取りは不慣れらしいから、つい念の入った確認になっちまった」
仮にもサクスとは交渉中、例え自分の方が圧倒的優位でもアラヤはそうフォローを入れた。
「い、いえ、構い、ません……」
微かにでもこちらを気遣う姿勢を見せてくれるのであれば、サクスだって悪い気などはしない。
下手をすれば殺されていたかもしれない状況で、その相手にそうして貰えるのならば尚更だ。
――アラヤ様、なんだかんだで相手へのお気遣いを欠かさない御方……!
――まったく。貴方は無自覚の内に相手の心を打つのが上手いわ、アラヤ。
リョーコとゴモリーがそんな事を思っているとは露知らず、アラヤは交渉の仕上げに移る。
「サクス、お前という存在そのものを示す印章を現わせ」
「分かりました……」
サクスが手をかざすと、そこに灰色の印章が浮かび上がった。
アラヤは指先の赤い爪に魔力を籠めて、その印章を上からなぞっていく。
灰色の印章は赤い魔力の線で塗り替えられ、アラヤはそれに右手を添える。
「ハッ!」
そして印章を添えた右手を、アラヤはサクスの左胸へと押し当て、彼の色となった赤の印章を彼女の体へと還すのだった。
「――くぅっ!」
印章と共にアラヤの荒ぶる魔力が這入った衝撃に、サクスは悶えた声を出す。
リョーコが恥ずかしさから「うわっ……」と小さい悲鳴を上げ両手で顔を覆ったが、指の隙間からはしっかりと眼が見えていた。
――お、おっぱい、触ってるぅ!
その様にドキドキしながら、ふとゴモリーの方をちらりと見たら、彼女は平然とアラヤの行為を見守っていた。
――……!!
リョーコは反射的に、自分でも何故そうしたかは分からなかったが、すぐに両手を退けて、ゴモリーに倣って堂々とアラヤの方を見たのであった。
――……一体なんの対抗心なのかしら?
ゴモリーは微かに口を開いて、リョーコの行動にそんな事を思うのである。
いや、ゴモリーであればそこも分かりはするのだが、彼女だって相手の突拍子の無い行動には面喰らう時もある。
魔力を注ぎ込み終えたアラヤは、サクスの胸からそっと手を離した。
「これでお前は俺に絶対服従って訳だな」
「そのお言葉には、歓喜と忠義の念を以て返させて頂きます……」
アラヤの言葉は勝ち誇るような類のものでは決して無く、寧ろ裏腹に、彼女の命を預かる事の責任を重んじる姿勢が感じられた。
サクスの表情もまた、歪んだ情念をも内包はしていたが、しかし自らの命の所在を明らかにした事への誇りの念が強く現れているものであった。
リョーコは、二人の異種族同士としてのその濃密なやり取りに、否応無しに心が熱くなるのを感じていた。
――うぅ、さっきはサクスを赦す事に戸惑っちゃったけど、こうして見るとなんか、悪くない気分……だって二人共、凄い位に心と心で会話してるんだもん……。
……ゴモリーは、同じ女の悪魔のサクスがアラヤと特殊な関係を結んだ事に、本当は少しだけ妬いてもいた。
しかしそうした刺激も、時には有っても良いという風にも思っているのだ。
――色欲とはかつての昔から男と女が寄り添う為の、精神に灯された原初の掬火だもの。……そうよね、アラヤ?
アラヤは間接的に襲ってくる魔技を苦手とし、その心が小手先の悪意を自然の内に受け入れる程に大らかだから……彼は、悪魔アスモデウスが知り司る悪心――七つの大罪の一つに数えられる色欲の、その精神と魔力さえ受け継いでしまっている。
それを自分の欲望の為には使わず、しかし無意識の内に自分のギラつきと融和させてしまっているから、だからアラヤは時に精神に甘美さを纏い、サクスの心もここまで惹きつけたのだ。
――貴方が自身が望む戦いのやり方も、意図せずにやってのけてしまう心の戦いも、私は全部受け止めて、見届けてあげる……。
ゴモリーは貞淑に、そう思いながら、ふとリョーコの方を見遣った。
アラヤとサクスの主従の契りが放つ熱を持った深みに感じ入るリョーコに、彼女は優しげに微笑むのである。
――或いはあの子となら、私が見ているアラヤの全てを共有し合えるかしら? ふふっ。
かつて見知った相手が半年の時を経て親友となるというなら、それはそれで愉しそうだ――ゴモリーはそんな風に思いながら、心が一つ充実するのを感じていた。
――第四話 完――




