第四話 色欲が大罪でも、ゴモリーは受け止めてる(終局・二)
リョーコは、アラヤの方を見るしか無かった。
――ア、アラヤ様は、実際サクスについては、ど、どう考えてるんだろう?
リョーコはそっとアラヤに近付き、その横顔を覗き込む。
「――ん、なんだよ?」
「い、いや、ずっと考え込んでいるみたいだったから、その、気になっちゃって……」
アラヤはリョーコとゴモリーの因縁めいた会話を余所に、あくまでサクスの処遇をどうするか考えていたのである。
「軍団って、ようするに自分の部下にするって事ですよね……。こいつは悪魔で、だいぶ、悪い事しちゃってますけど……?」
リョーコが彼へと言いたい事はこうだ。
人間に危害を加えてきた非道な悪魔を従えるという事は、或る意味その悪魔を赦す事以上の密接な扱いにならないか?
……それは他の人間の感情を逆撫でる事にはならないか? 示しが付くのか? 許して貰えるのか?……と。
しかし、アラヤはそうは考えない。
「悪魔を赦すなんて事を、同じ人間が許したりはしない――それは分からなくもない。……でもな、リョーコ」
少し溜めてからの名前呼びに、リョーコはこんな時でも心が跳ねてしまう。
「は、はいっ!」
アラヤは冷静な表情で、彼女の方を見遣る。
荒ぶっていない時の彼はその中性的な顔から、例え男であっても仄かな色気を放つ。
――はわっ。盲目状態でブラッド・バーストを放った時のあの際どさの中に在る甘美さも良かったけど、普段の顔もやっぱりイイっ!
しかしそうやって心が蕩けている隙に、アラヤの口から、リョーコの度肝を抜く言葉が出て来てしまう。
「俺はそもそも、他の人間達に自分の事を許して貰おうなんて思っちゃあいない」
「えっ?」
「悪魔の理不尽な攻撃に同じ人間がやられるのは、そりゃあ俺だってイラつくから立ち向かうさ。でももし人間の中で俺の戦いを恐れ、嫌がって、その上敵視するような奴まで出てきたら……その時はその人間を相手に命のやり取りをする事も覚悟はしてる」
「に、人間が相手でも……」
「俺には人間を守りたい気持ちも有るけど、それはあいつらと仲良くしたいからじゃあない。俺が戦う一番の理由を強いて挙げるなら――こんな危うい時代の中でも、他の人間や世界に対して俺という人間の意思を、俺が死ぬまでに刻み付けておきたいからだ。その為に悪魔の力が役立つ場合が有るなら俺はそれを使う事を選ぶ、他の奴らがどう思おうと関係無い」
アラヤは全く荒ぶらずに、素の状態でそう言っている。
リョーコは、その事の意味を、理屈など通り越した次元で思い知った。
「……あはっ、あははははっ!」
それはリョーコの、渾身の愛想笑いだった。
――私には分かる、アラヤ様は本気だ。……だってアラヤ様は、本気の人だもんっ!!
例え相手の事を全てを測り知れはしなくとも、突然思いも寄らない事を言って来られたりしても……『ここだけ押さえておけば一先ずは大丈夫』、という事柄はある。
その相手が本気の奴なのかそうでないのか、だ。
単純明快――ここだけ押さえられたら、その相手に対して、大きな過ちを犯してしまう可能性だけは下げられる。
だがこれは世間では、意外と難しい事だという風になっている。
しかしリョーコは何よりもその純真な想い故に、押さえる事が出来た。
だから、大丈夫なのだ。
「……俺の事を怖くて嫌だっていう風になったなら、今すぐに帰って良いぞ」
「い、いいえっ! 嫌になんかなってないですぅーーー!!」
アラヤがさっきの車道での時のように、独りで在る事を感じさせるような事を言って……彼女は速攻で、他の事は構わず、ただ彼の為になりたいと思ったのである。
「怖くも無いか?」
「滅茶苦茶怖いですっ! でもそこが堪らなくイイですっ!!」
リョーコの迫真の返事に、アラヤも何かを感じたのかもしれない。
「……変わり者だな、お前」
そう言って、しかし微かに笑ってみせたのだから。
「よく言われますっ! あ、あはは!」
リョーコのその返しに、アラヤはともかく、ゴモリーとサクスは悪魔ならではの発想でこう思っていた。
――自分が変わってると自覚出来ているなら、まだこの人間の女は正常だわ――と。
アラヤは空元気とも取れるリョーコの笑い方に、やや呆れながらも、彼女に最後の確認をしてやる。
「俺がサクスを従える事に文句が有るか?」
「無いですっ、有る訳無いじゃないですかぁっ!」
ここまでされてアラヤは、ほんの少しだけリョーコを――可愛い奴だな――と思った。
――(三)へつづく――




