大団円 苛烈にヒーローやってるのさ(一)
――アルファスとバティンの魔霊が、天へと昇って、消えていく。
アラヤはその右手に発現させた煉魔黒剣グレア・ダクネスの似姿を、そっと魔力の形へと戻して、己が体内に納めた。
……取り返すその直前まで、自分でもその真価が分からなかった、彼自身の魔力の中核たる掬火。
それは激しく熱いようでいて、同時にとても温かな感触をアラヤに与えたのであった。
もう一度右手に力を込めて、そして念じる。
――さあ、お前達も往け。
彼の身体から五体の魔霊が飛び立ってゆく。
ベリアル、ベリト、アムドゥシアス、クロケル、フォルネウス――。
かつてアスモデウスと同化した彼等の存在の根源が、今、解放されたのだ。
「悠久の時を世界と共に在り続けた個の悪魔達よ。今はその精神、大気に巡る万霊の一部として還れ」
アラヤはそう呟きながら、七人の悪魔の魂の安息を願う。
彼の心の一面として確かにある、他者を慮るその大らかな思いが、自身の魔力に悪魔の魂を救済する力を発現させたのだった。
アラヤの戦意を見て立ち上がり、悪魔の軍団に果敢に挑んだ民衆達。
彼等の戦いもようやく終わりを告げ。
その疲弊した心はアラヤの行動に、彼の天を見上げる強く優しい横顔に――理屈を超えた格好良さを感じて沸き立つのである。
「反逆王子、また何か凄えことやってるよ」
「あんだけ連続でやられたら、俺にはもう何が何だか分からねえ。――でも好き」
彼等にとっては、アラヤは凄まじ過ぎて理解はし難くて、無理に近くには居てくれなくて良いと感じもする存在だ。
しかしこの世界に確かにあの超人は存在してくれていると、そうも思えることで、彼等は明日を生きる活力を生み出せた。
それは一般人としては、自慢にして良いことかもしれない。
相手を理解することに拘りを出し過ぎるのは、寧ろ、相手が生で生きているその現実をこそ見つめる目を、曇らせてしまうから。
其処に確かに居て、そして何かを懸命にやっている。
それだけで、十分その他者を尊べる筈なのである。
……遠くビルの屋上から彼を見るレライエ。
「ふん、あいつ味なことをしやがる。……なあクロケルよ」
その名を口にした後、己が手に持つ大弓へと目を遣った。
――お前の勧めに従って大弓の扱いを憶えたが、あいつが剣を使うってんなら俺もまた考えなきゃな。
そんなことを思いながら、奴はまた次に来る戦いへと視野を定める。
「アラヤ、まだまだお前の道は長いぜ」
そう呟く奴の顔は、友に対するそれのようでもあった。
或いは、半年も前からの。
……異空間の宮殿から魔力の映像盤を見るアガレス。
「童よ、お前の掬火確かに返したぞ」
アラヤの姿を捉えるその瞳が、鋭く光る。
「ふふふ、お前が己の殻を破るであろうタイミングと、絶妙に重なったであろう?――だがこれで、人間も悪魔も新たな舞台を迎えることになるぞ」
大胆不敵に、そして――思慮深く。
奴は、自身を『如何にもな粗暴の悪魔』から変えないつもりでは居なかった。
……そして今アラヤと向き合っている、女悪魔一人。
冷然と微笑む、ビフロンスだ。
「ふっ。……面白い、ね。なら僕も、やるよ」
……そう言って自分も同じように手を掲げて、自身の身体から個の悪魔ザガンの魔霊を解き放つ。
「ビフロンス……」
その行為を見たアラヤに、彼女は告げた。
「キミの魔力の源泉となるその掬火は、アスモデウスと、そしてアガレスの魔力の中で熟成された事で――個の悪魔が有する魔霊との親和性を、獲得したのさ。誰でもそうなれる訳じゃあ、無い。キミにその素養が有ったからこそ、だよ?」
「……」
アラヤは言葉を返さなかった。ただ心の中で――どうやら俺はこの先一層、悪魔達と誤魔化しの効かないぶつかり合いをしていく事になるらしい――と、そんな思いを抱いたのだった。
ビフロンスは、アラヤが無言に見える事には、何も気にならないようである。
更に、こうも語っていく。
「全く、同族殺しの禁忌というのは面倒だ、ね。けど人間にとっては、きっと嬉しいものの筈。だって悪魔同士が好き放題ヤれるようなら、地上の被害は間違い無く、大きくなっているんだから」
アラヤは尚も無言で――最もらしい話だな――と思った。
しかし。
「ねえ、アラヤ……。いつかこの禁忌無くせると、良いね?」
「――っ!」
不意に彼女が語ったその言葉には、彼は驚き、僅かの間呼吸さえ忘れたのだ。
――こいつ、俺の意思を見透かしたのか……或いは、ずっとか?
ビフロンスは最後まで、彼女らしい笑顔を崩していなかった。
……彼女の視界に映ったアラヤの、その背後に存在していたアスモデウスの残影が、消える……。
「――いつか僕のこと、も、好きになってくれよ。アラヤ」
最後にそんなことをアラヤに告げて――彼女は緑暗のオーラを纏い、この場から消え去った。
「ビフロンス……」
アラヤが発した呟き。それは戸惑いだけ、という感情の色では無い。
そんな彼に――。
「んなっ、なんですぅあの女はーーー!? 敵の癖に、敵の癖に『好きになって』とか言ってましたよアラヤ様ぁ!!」
――私だってその辺は身の程弁えてるのに!――という気持ちで、黒礼侍女の姿のリョーコが憤慨してゆく。
割と、微笑ましく。
――(二)へつづく――




