大団円 苛烈にヒーローやってるのさ(二)
アラヤはぷんすかしているリョーコに、平静とした佇まいとなりながらこう答えたのだ。
「……いや。奴がああ言ったのは、俺が個の悪魔の存在を好きになり始めてるって見抜いたからだ」
「えっ」
その言葉には、リョーコはきょとんとしてしまう。
「奴等は、どいつもこいつも我が強くてさ。敵としてぶつかれば苦戦させられるが……でもだからこそ俺も俺の思いを全力で出していけた」
アラヤはリョーコに、諭すように話し続けていく。
「一方で奴等自身は禁忌に依って、その行動と思いに制限を掛けられちまってるのさ。変な同情なんかじゃ無く、俺はそんな個の悪魔達がそれでも見せる矜持に――最低限の敬意は持ちたいって思うようになったんだ」
その顔は彼が真剣さを現にする時に見せる、今やリョーコも良く知るあの素の表情で。
だけどその中に微かに彼らしい、温かな情の火が混在していたのだ。
リョーコには何となくそれが、感じ取れた。
「アラヤ様……。アラヤ様は、すっごく大っきい御方ですっ」
これはリョーコのたまに良くやる、彼に合わせる為の言葉――では無い。
――アラヤ様は悪魔達の思いさえ、真っ直ぐ受け止めてらっしゃるんだ。そんなアラヤ様の背中を通してなら、私だって少し位は悪魔と向き合う強さを持てる。
……彼女のその真の心から出た思いは、或る意味では世界の広さを知っていく姿勢と、同義である。
己の主人と認めたアラヤを筆頭に、明らかに自分と異なる者達の意思を、見知っていく事になるのだから。
しかし今のリョーコは、自身の高鳴る胸を抑えはしない。
「アラヤ……」
……事の次第を見守っていたゴモリーが、彼の傍に控えた。
その仕草は、アラヤに対し何処か申し訳無さそうで。
自分が仕える彼の、その王たる背中に、今は気後れをしているのだった。
しかしそんな彼女に、リョーコが我先にと明るく声を掛けていく。
「やったねゴモリー! アラヤ様の勝利だよっ!」
「ええ。そ、そうね、リョーコ」
リョーコにまで遠慮がちなゴモリーに……アラヤがいよいよ、口を開いた。
「……ようやく、胸張ってお前の出迎えを受けてやれるって思ったのにさ。なのに何そんな沈んだ顔してんだよ」
呆れたような、それでいて優しく微笑むようでもある、そんな表情で紡がれた彼の言葉。
彼にとってそれは、彼女との五年前の出逢いから遡っての、とても真摯で真っ直ぐな言葉だったのである。
彼は今まで、自分の口から『王になってやる』とは一度も言っていない。
だがこの優しさを、激しい戦意の奥底に在るこの情の深さこそを、ゴモリーはその証と理解しているのだった。
「でも、私は今回貴方に何もしてあげられてなくて……」
そんな彼を、助けてあげられない事。
個の悪魔の、同族殺しの禁忌があった為とはいえ……そこに彼女は大きな負い目を感じている。
それでもアラヤは……。
「――馬鹿。お前が俺に仲間を頼ることの、仲間が居ることの有難さを教えてくれたんだろうが。なんならそれが、今回一番の助けだったよ」
微笑みを消さない所か、照れ臭さの入り混じる、とても彼らしい笑顔でそう告げていくのだ。
「えっ」
ゴモリーが、彼女にしては素っ頓狂に見える驚き顔をした。
「そーそー。悔しいけどさ、ゴモリーの内助の功は凄いって思うもん」
そしてリョーコまでもが畳み掛けるように、彼女の横に背中を預けながら語っていく。
間近に居ながらゴモリーの顔を覗き込むリョーコ。
「それに半年前……ギリギリで勇気の出なかった私に代わって、ゴモリーが死闘を終えたアラヤ様を救出してくれたんじゃん。そこから色んな事が今に続いてるんだよ?」
微かに悪戯っぽい表情でそう言ってみせる彼女に――。
「……ふっ。ちょっともう、何が『私に代わって』よ。尋常じゃない程テンパった顔してた癖に」
――ゴモリーは、遂に吹き出してしまうのだった。
……半年前、アラヤとレライエの戦いは引き分けに終わった。
最後、アラヤの攻撃はレライエの頬を穿ち、奴は意識を失った――。
しかし直後、力を使い果たしたアラヤも意識が途絶え、そして両者地面へと墜ちたのである。
リョーコは直ぐにでもアラヤを助けたかったが、しかし彼の全身から流れる血に、どうしても畏れ慄いてしまっていた。
物質としての血が怖かった訳では無い。しかしあの時の彼女はまだ、一介の人の子だ。
死力を尽くす個の悪魔等とアラヤが有したその血に、特別な意味を感じ、平伏していたのだった。
直に触れようとすることが憚られる、と感じていた。
そんなリョーコの目の前で、突如異空間から現れたゴモリーが……。
何の躊躇いも無くアラヤを抱き抱えたのであった。
自身の衣服を彼の血で濡らしながら、彼女はリョーコにこう告げていた。
「……残念だったわね。まともな人間だった所為で、この男に触れられなくて」
その時のリョーコにとっては、そんなことを言ってくるゴモリーが、遥か別次元の高みに居る女に見えて仕方無かった。
彼女の眼がこちらへの愉悦などでは無く、決定的な憐れみを宿していた事が、凄まじいまでの強き女の佇まいとしてリョーコには映ったのだった。
……そんな過去の記憶を、リョーコはすっきりした気分で思い出し終える。
「でもあの時ゴモリーが見せた、大事な人に寄り添う者としての強い決意がさ――私に何処までもアラヤ様を追い続けるって思わせる要因になったのよ」
己と違う者の方が己の敬愛する相手の近い位置に居る……そういった可能性を感じてしまった時に、改めて奮い立つ想いが生じるということは、有る。
リョーコにとって半年前のゴモリーが、正にその己と違う者だったのだ。
「多分あれが無かったら、半年経つ中で私はアラヤ様のことを、遠くから見るだけで満足しようって妥協するようになってたよ。だからアラヤ様の傍にゴモリーが居たのは、すっごく重要な事なのよ。私の為にも胸張ってくれなきゃ!」
明るい笑顔でそう語るリョーコ。
「……分かってるわよ、そんなの。もう」
そんな彼女にゴモリーは呆れた風を装いながら、しかしようやく、慈愛の心を貞淑に籠めて微笑んだ。
「やぁっといつものゴモリーらしさに戻ったよ。ね、アラヤ様?」
リョーコは嬉しさに舞い上がって振り返るが――
「サクス、お前も良くやってくれた。本当にありがとう」
――アラヤは二人のやり取りを良い所まで見届けた後は、己の配下であるサクスを労うべく移動していたのだった。
「ア、アラヤ様ぁっ!?」
「ふふっ。アラヤは優しい人だから仕方無いわ」
その翻弄され具合に、リョーコが派手に驚き、ゴモリーが苦笑する。
この戦いで傷を負ったサクスは、弱々しくも、しっかりとした眼の輝きでアラヤを見返している。
「ア、アラヤ……。勿体無い、お言葉ですよ」
「これからもお前にとって恥ずかしくない奴で居るよう、努めるよ。だから、俺と個の悪魔達の戦いに付き合ってくれ」
「ふ、ふふふ……。悦んで、付き従いますとも……」
サクスの返事はアラヤに対し謙っているが、その頼もしさは最早疑うべくも無い。
心の底に在る誇り高き心、それこそが彼女の真骨頂だ。
アラヤが、仲間である皆に告げる。
「さあ、先ずは帰ろうぜ。……そうだな、次から激戦に挑む時は事前に祝賀会の準備もしよう。戦いが終わった後には、やっぱり皆の疲れを癒やしてやりたいからさ」
その言葉は誰にとってもいきなり過ぎて――そんなことをさも自然にやってしまうアラヤは本当に、奇跡的なまでに皆と話が噛み合わない。
どんな時でも、自分の言いたいことを一番に言う。
それはかつて独りとなっても、それでも己の意思を折らずに走り続けた事で獲得した、アラヤの、アラヤらしさに溢れる個性。
だから彼は、胸を張ってそれをやる。
……今の彼は紛うこと無く、多くの者達を前へと引っ張ってゆく存在である。
強いて言うなら彼は――。
「……んだよ、お前等三人共なんて顔してんだよ。癒しは大事だろうが。それを疎かにするとか本当に駄目だぞ、まったく」
――苛烈なまでに、この現代の英雄だ。
――第一部 堂々完結――
第一話からここに至るまでのエピソード群で、アラヤという主人公のその戦意、人としての魅力を読者さまに紹介する第一部でございました。
ふんだんに、彼の熱さをお届け出来たかと思います!
皆さまがアラヤを好きになってくださっている事を願いながら、一先ずのシメとさせて頂きます。
ここまでのお付き合い、有り難うございました!
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