クライマックス――やがて王たる反逆者(五)
心身を整える為の準備運動を終え、その戦闘意思は本来の敵であるレライエへと向き直った。
「待たせちまった分、速攻で届くやり方でいく!」
阿頼耶は叫び、騎槍を左手に呼び寄せて走る。
そして自身の考えに見合う、今自分が行える最も単純で想像し易い戦法を取ったのだ。
「――おおオォォォッ!!」
騎槍をレライエへと目掛けて、最大速度で投擲したのである。正に『一糸乱れず』と呼べる、迷い無き殺意で以て!
阿頼耶は彼の魔力の素地となったアスモデウスの戦術を型式を、塗り替えることに、決して躊躇などしない。
彼は今自分に出来ることをヤるのでは無く、自分がヤると決めたことに力と技量を従わせれば良いと、そういう意識で戦っているのである。
レライエは、その殺意を何よりも先に感じ取ってみせ……。
――……良い顔つきになりやがった。いいぜ受けて立ってやる!――という思いを抱いた。
そして阿頼耶に向けて、こう叫ぶ。
「お前のやり方、見せてこいよっ! 人間如きが繰り出す型式、どうせ薄っぺらだろうけどなぁっ!!」
それは如何にもな粗暴の悪魔の煽り方……だが実際は、奴の心は阿頼耶に大きく期待していた。
――何でもそうだ。最初に拙いやり方を、しかし何物も恐れぬ心でヤり抜く奴は、やがて自身が高みへと昇る事にも怯んだりはしねえんだ!
レライエには、阿頼耶に対するその予感があった。だから彼の戦術型式の形成の、一助を担ってやった。
――一糸乱れぬ軌道の騎槍が、これが真打ちであるとばかりに、レライエの心臓へと飛んでゆく。
レライエは剣に念じながら、両手で大きく頭上へと構える。
「花は柔和に強く咲き、惑わぬ――ルーイヒ・シュナイデン!!」
静けき斬断――それは戦意の一心で以て全てを断ち斬る魔技。故にただ静寂の内に、その斬撃は形を成す。
魔力纏いし、剣の一閃が騎槍を弾き飛ばした。
「……人間と悪魔とじゃ、相手の心を折ってきた年季が違うんだよ!」
構わず距離を詰め続ける阿頼耶に向けて、レライエは高らかに叫ぶ。奴にとってこれは阿頼耶に、悪魔に挑む事への覚悟を問う為の戦いなのだから。
――阿頼耶の怒りが、爆発する。
「……お前だけは絶対に殺す!!」
人間である自分が、永き時を生きてきた個の悪魔に引導を渡す――それが今の阿頼耶にとっての……。
これまで何も成し遂げる事が出来なかったと信じる己の人生への、そしてこの世界への、反逆の証明であったのだ。
血に塗れた右腕を振り上げる。その指先の鋭い爪から、その血の力も併せたかのような、赤い稲妻の如き光が迸った。
赤光の糸がレライエの剣を虜にし、奴の腕から引き剥がす。
「これで五分だな、レライエッ!」
「本気でそう思うか、阿頼耶ァ!」
至近距離まで達した阿頼耶が、レライエの頬を強烈に殴りつける。
レライエが速攻で、阿頼耶の腹に拳を叩き込んだ。
互いに一撃が、重い。全身に滾る魔力のオーラをも、掻き消さんとする威力が走る――!
レライエの回し蹴り。阿頼耶はそれを左腕で受け止め、押し退けた。
傷付いた右腕は、肉弾戦に於いては直接的には使えない。
阿頼耶は痛みを堪えながら右腕を大きく振り抜いて、そこに発生した遠心力を利用する。
そして左脚を大きく振り被って、レライエの側頭部に強靭な蹴りをぶち込んだ!
「がっ!」
「死ね!」
阿頼耶は止めとして奴の顎へと左拳を見舞う――
「……ちぃっ!」
――が、それはならなかった。レライエは飛び掛けた意識の中で、それでも阿頼耶の胸辺りを正面から蹴って、押し退けたのだ。
「死力絶招、本物を手前のモノにして見せろぉ!!」
奴が叫ぶ。再度の蹴りで、先に貫いた刺突傷へと打撃を与える。
――阿頼耶は、何よりも奴の、その上から言ってくる感じに、何処までも、限界無視でいらついた……!
軋む胸の刺突傷。苦悶に表情を歪めながら、しかしその右腕には力が蘇っていく。
「――俺はお前等悪魔と、戦い続ける!!」
必死で叫び返したその言葉。
……レライエはそれを、悪魔《自分》達と向き合い続ける意思の証明だ、と理解した。
「ウオオォォッ――!」
「ハアアァァッ――!」
二人は互いに拳を、防御無用で相手の顔面へと叩き込む。
全身を駆け巡る相手の力と、意地……。
「――オォッ!!」
レライエの方が、戦闘技術では優位にある。立て直しの速度でほんの僅かに勝り、阿頼耶の腹を蹴り上げた。
阿頼耶の内蔵が激しく損傷する。口からは一筋、血を流し、そのまま宙へと体が跳んだ。
その阿頼耶の体がある一点で制止した。放出する膨大な魔力が、阿頼耶に空を浮揚する術を開眼させたのだ。
さながら四年半前の、アスモデウスとベリアルの戦いのように。
ギラつく眼光は、何処までも絶えない。
レライエは間髪入れず浮揚し追撃を掛けた。
「――ッ!」
「――こいつッ!」
阿頼耶は喉に血が溜まり声を発する事が出来ずにいた。一方でレライエは、阿頼耶の潜在能力――いや、戦意の天井を測れずにいる事へと意識を向ける。
――このままじゃ、ここで殺しちまう。いや、しかし……。
迎え撃つ姿勢の阿頼耶と、激しくせめぎ合う。影の魔力のオーラで断続的に高速移動……衝撃と、空に散るそれぞれの血。
無人と化した街の一帯、ここを、互いの戦闘領域として完全に支配する。
だが、戦況は傾く。
レライエが、阿頼耶の攻撃を見切り始めたのだ。威力では決して負けない阿頼耶の攻めを、寸での所まで引きつけて躱していた。
その上で、己の攻撃は阿頼耶に当てる。
「そろそろ終わりか! 阿頼耶ァ!」
レライエは阿頼耶の命をここで奪う事に対し、危惧の念を抱いている。ここで世界から消えるには惜しい男だと認めている。
それでも、攻撃の手を抑える事が出来なかった。
ここまで戦意と力を引き出しても、こいつにとってはまだ足りないのではないか? まだ俺はこいつの戦意と、向き合いきれていないのではないか?
……ならば、攻め続ける。そんな風に思う自分自身を、否定する事が出来なかったのだ。
――まったく難儀な男だぜ。瀬那、阿頼耶!
……阿頼耶は、構うものか、と思っていた。
左拳を、奴の顎を狙って打つ。
レライエはギリギリの間合いで上体を逸らし、掠める程度に抑えた。
阿頼耶は、当たりはした、と思っていた。
しかしレライエは、敢えて掠める、と最初から覚悟をしていたと同時に、己の左拳を腰の高さに引き、阿頼耶の腹へと叩き込む算段を付けていた。
阿頼耶の全身が拳の威力で揺れる。髪は乱れ、汗の滲む顔の、歯を食いしばる力が、猛る。
右腕をレライエとの間に差し込むようにして、裏拳を放つ動作で奴を退かせる。
大振りな動作のそれは、最早レライエにとって次の狙い所。
空いた阿頼耶の顔目掛け、拳の突きを撃ち放つ。
「何っ!?」
レライエが、驚愕と共に苦悶する。奴の突きより速く、阿頼耶が右脚で突き込む蹴りを、奴の胸部に命中させていた。
阿頼耶の脳裏に熾烈なイメージが迸り、気付けば既に蹴りを放ち終えていた。
声は出ず、息の音が漏れる。奴に競り勝った事の高揚感も無い。
戦闘意思、ただそれだけが、昇る。
その事を自覚する。そしてこう思う。
――俺は、こういう人間だ。元から、そうだった!
例え相手が誰だろうと、今の阿頼耶は自身の存在に胸を張る。
レライエは阿頼耶の眼を真っ直ぐ見据える。その輝きに、己の心まで熱くなる。
――魂ごと燃え尽きる……一遍、そこまでイッてみろ!!
流れるような曲線の拳で、阿頼耶の頬にぶち込んだ。下と上に在る互いの位置取り、体勢、それらから見て最高の決定的な一撃だ。
「――ッ!!」
阿頼耶からは叫び声すら上がらない。レライエの拳がめり込む中、何より先に眼線で奴に対抗していた。
右拳を天へと振り上げる。レライエを撃ち落とすつもりで放つ、重さを最大に利用した叩き付ける攻撃の挙動。
レライエにはその攻撃の動作が完全に読めていた。
確実に、躱せる。この時点で、勝敗は決した。
「――ごふっ!」
……右腕を振り上げ切った阿頼耶が、口から多量の血を吐いた。
昂り、これまでの不可能を可能とした阿頼耶の魔力。目覚めたばかりの死力絶唱は、確かに阿頼耶の出血をここまで最小限に抑えてきた。
それが遂に一瞬途切れ掛け、留めていた内臓の傷の、喉で溜まっていた血を、身体が吐き出させたのだった。
だが……。
「くっ!?」
その吐き出された血は、偶然にもレライエへの目潰しとなり、刹那その動きを止めた。
息も絶え絶えとなった阿頼耶は、
既に意識も薄れた中で、
たった一つ、
こう思う。
――……運が、向いた……?
ただ、そうとだけ思っていた。激しく全身を蝕む苦しみの中、微塵も惑わず、それが一筋の光であるかのように。
後は、身体が自然に動いていた。
正確には――。
もうじき十八歳となる自身の人生で、何処までも捨てず抱き続けてきたその真っ直ぐな精神が、阿頼耶の身体を突き動かしていた。
「ハァァァァァァッ――!!」
戦意現す声が蘇る。右腕に更なる力が覚醒する。
乱れた視界のレライエは、その紅蓮の力の奔流に……形相の笑みを浮かべていた。
阿頼耶の精神は今、純然と燃える反逆の炎。
その精神にふと生じた――これまでに見た事の無い形の、剣のイメージ。それを心に焼き付けながら……。
力の全てを結集し、阿頼耶は拳を振り降ろす!
それは阿頼耶が世界へと示す、赤く黒く滾る、激しく轟く雷鳴だ――!
――???へつづく――




