クライマックス――やがて王たる反逆者(四)
――レライエは、同志達の仇を討つ心で阿頼耶と向き合ってはいない。
――阿頼耶も、アスモデウスの為に戦うのでは無い。
それぞれの、自身の意思を未来へと進める為に戦うのだ。
阿頼耶はレライエへと突っ込んでいく。
その身に影の魔力のオーラを纏い、身体能力を高めて。
レライエはその手に銀色の刃の剣を持ち、彼を迎え撃つ姿勢を取った。
「お前も武器を使えよ! アスモデウスの騎槍、使えるんだろ!」
そう教えてやる。
「――っ!」
言われて阿頼耶は、自身の中に宿ったアスモデウスの戦闘の術の記憶を手繰り寄せる。
しかし最初の激突には間に合わない。阿頼耶は素手のまま、レライエに仕掛けるのだ。
右の拳を繰り出す――顔面を狙ったそれを、奴は、僅かに身体を横にずらして回避する。
「速度は良いが、打ち込む前に軌道が読めてちゃなぁっ!」
単調な攻めは通じない、ということだ。そして奴はカウンターとして、躊躇い無く剣の突きを彼の胴に撃ち込む。
「がはっ!」
「前の青白い刃とは違って、刺された場所が熱いだろ? 傷ってのはな、元来、熱を放つものなんだぜっ!」
続けて左拳を、彼の顔真正面に炸裂させる。
間合いが近過ぎる為に最良にはならないが、しかし奴にとってはそれでも良かった。
――拳に纏わせている魔力を瞬間的に高めて、強引に彼を吹っ飛ばす。それが狙いだからだ。
阿頼耶の後方に建物が迫る。
「激突したら内臓が破裂するぜぇっ! なぁどうするよ、おい!!」
レライエが叫ぶ。まるで阿頼耶に何かを促すように。
――……お前に言われるまでも無い!!
阿頼耶の気迫が昂りゆく。指先から、力が迸る!
赤く鋭く尖った彼の爪が、更に赤く煌めいた。
爪の先から赤い光の筋が発現して、吹っ飛ぶ阿頼耶の軌道そのままに、細く線を描いていく。
「!?」
阿頼耶が驚き。
「あぁん?」
レライエもまた――あんな事はアスモデウスはしなかった――と、驚いていた。
阿頼耶は自らが出した赤い光の筋のその意味不明さに、むかつき始める。
――線を描くのが悪魔の力かよ。……ふざけてんじゃねえぞ!!
怒りに呼応して、彼の魔力のオーラが一際強くなる。
建物の壁に激突し、阿頼耶の姿は瓦礫の中に沈んだ。
「阿頼耶様っ!」
玲子が彼の身を案じて叫ぶ。
――し、死なない、よね?
……アガレスは、一人深みを有した眼差しで見ている。
――眩しいのう、童の心は。
瓦礫が崩れる。阿頼耶は身体から血を流しながらも、しっかりと立ち上がっていた。
先程の魔力は、防護の力を高めるものだったのだ。
胴に空いた刺突傷の痛みも、ねじ伏せる。
「やたっ! 阿頼耶様ぁーっ!」
玲子の元気の良い声援が飛ぶ。それに対し阿頼耶は半ば無意識の内に、左手を握ったポーズで腕だけを高らかに彼女へと向けていた。
――きゃあああっ! あ、阿頼耶様、ファンサービスもおやりになられるんだぁーーっ!!
興奮に顔を赤くする玲子。
……阿頼耶の方は、実際は自分が死ななかった事に、ほんの僅か安堵の気持ちを生じさせていた。
それが自分のファンである玲子への仕草として出たのだった。
悪魔アスモデウスから力を受け継いだとはいえ、戦いを行うには、それを使う阿頼耶自身の気概が要る。
今は余りにも手探りが過ぎる。そんな中で自分を応援してくれる者の存在は、例え一人きりであっても百の位にまでその価値を換算出来た。
「……はっ!」
阿頼耶はややクリアーになった思考で、その脳裏に浮かんだ紋様を、右手の爪で描いた。
赤い光の筋が描く紋様――それはアスモデウスの、個の悪魔としての存在を示す印章である。
印章は輝いて、中から、何処かへと消え去っていた彼の騎槍が出現する。
「……行くぜ、レライエッ!」
阿頼耶の叫びに、
「良いぜ、来いよっ!」
レライエはその眼をかっと見開いた顔で、迎え撃つ意思を示してきた。
奴の方が、ここに至るまでの激戦で、その身に多大な傷を負っているのである。
しかしそれでも強固に、立ち続ける。
騎槍を構え、阿頼耶が魔力を練り上げる。
「レ・ユイット・クー・デ・ロルロージュ!」
八点鐘……その魔技の名前に、レライエは、見開いた眼のまま笑う。
――いきなり大技かよ! こんなに距離が空いてるのに、突きの衝撃波だけで俺に当てようってのか!
八点鐘の突きは音速を超える。その威力は空気を裂きながら遥か遠くまで打ち抜くことも可能だ。
しかし――。
阿頼耶の音速の突きは、三撃目を放った所で止まる。
「ぐっ――!?」
阿頼耶の右腕が、魔技の威力に耐え切れずに砕けたのだ。正確には右腕に充満していた魔力が暴発し、内側から血を噴き出させたのであった。
「……はっ!」
レライエはここで阿頼耶を、嘲笑った。阿頼耶の魔力の程度に、では無い。
――やはりいきなりじゃこんなものか。あいつはまだ、手前の悪魔の魔力に最適な、戦闘の型式を確立してないんだからな。
「出鱈目だなぁ。悪魔の力の矜持からは、まるで遠いぜぇっ!」
叫ぶレライエへと、三つの突きの波動が迫りゆく。
本来の八点鐘の特性である相手の視覚を惑わせる揺らぎは、無い。
この魔技は阿頼耶の精神の在り方とは、そもそもの相性が良くなかったのだ。
レライエがその手の剣で、阿頼耶の突きを打ち払っていく。
一つ、二つ、三つ――!
個の悪魔の戦闘は、常にその魔力を制御してこそ成り立つものである。
攻めるも守るも、魔力の波長を適時その行動に最適化させて初めて、超然としたものとなるのだ。
それには先ず、戦闘に於ける己の在り方を、戦術の型式を身に付けねば――。
「頭を冷やさせてやるよ。この前みたいになぁ!」
レライエは異空間からフレンチキッス属の一群を呼び寄せ、阿頼耶へと瞬時に襲い掛からせた。
全員が青白い刃の剣を手に持ち、一斉に阿頼耶の身体を刺し貫く。
「ぐっ――!」
刃が精神の力、掬火を抜いていく。その感触を阿頼耶ははっきりと感じ取る。しかし……。
「……」
その眼は、ずっと遠くにあるレライエを捉え続けたまま。
「……そうか。ただ殺すという思いで居るんじゃなく、どう殺すのか、その為にはどう力を使うのか、それを真面目に考えなくちゃいけない」
瞳はずっと戦意の輝きを現したまま、何本もの青白い刃が身体に受けて、しかし彼の思考のクリアーさは更に際立っていったのだ。
余分に気を張っていたのが、掬火の表層だけを抜かれた影響で緩和した。だからこうなった。
「ギギッ!?」
フレンチキッス属が全員、阿頼耶の異様さに恐怖し始める。奴等は阿頼耶の掬火が精神の奥底から無尽に沸き出すのを感じ、心の底から恐れ慄いていた。
――この人間は、根源から他の者とは違っていると。
だがもう遅い。
阿頼耶はとてもゆったりとした動作で、奴等の内の一体へと視線を動かしていた。
「……こいつ等を一掃する、そんなイメージを……」
激しく断片的な独り言と共に、阿頼耶の目つきが冷徹さを帯びる。
そして目が合っていたフレンチキッス属の顔面を左手で掴み、そのまま強引に、隣の同属の顔面へとそいつの頭部を激突させた!
「ヒギィヤァァァッ!?」
「グギャアアアッ!?」
二体の頭の激突部が割れ、悪魔の血が飛び散る。
「一つ一つに時間を掛けず……」
他のフレンチキッス属が危機を察し離れようとする。
阿頼耶は右手に握っていた騎槍を左手に持ち替えて、相手の何処を貫くのが最良かを、最短時間で決定した。
「一番目に付いた所を……」
騎槍に念を込めて、投げる。
魔力宿した騎槍が一体の翼を貫き、そして鋭く角度を付けて軌道を曲げ、残り全ての者共の翼を撃った。
傷が爆ぜて、翼が散る。
「ギギャアァァァァァァッ!!」
倒れゆくフレンチキッス属達。その姿を阿頼耶はもう見ていなかった。
今の阿頼耶が持つ力は、やろうと思えば奴等の体を砕き、薙ぎ倒すのも造作無い。
肝心なのは、どういうやり方でそうするかのイメージを持つことだ。砕き、薙ぎ倒す、という行為を明確に己の脳裏にイメージしてこそ、阿頼耶は自身の魔力をそれに見合う形に発現出来る。
――鋭く、だ。常に鋭く……俺にはそれが大事な気がする。
とてもしっくり来る感触だった。手応えを、身体へと染み込ませる。
そしてこの戦闘イメージの仕方にとって、情け容赦というもの程邪魔なものは無い。
阿頼耶自身が、その事に気付く。
「……成程な」
そう呟く。
心の底で、こう思う。
――俺のこれまでの四年半、他者と馴染もうとしてきた道筋から、今ここで完全に決別しろということだ……!
自分が持つ精神の力の重みを理解し受け止め、そしてその重みで以て、相手を倒す!
自分の戦いというものを、真から自分の心で理解する!
――(五)へつづく――




