表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/58

第3話 口づけ

 ただの弱った老人のはずだった。


 しかしマスターセイドの常軌を逸した言葉と焚火だけの暗がりに映し出されたその姿は異常を極め、周囲の者達を凍り付かすには十分だった。


 間近かに見た彼の顔は、生者の気配が抜け落ちて無表情に映ったのに、なぜかその瞳だけが蛇を思わせる意地悪くて冷酷そうな怪しい光を爛々と放っていたからだ。

 さらに彼は顔面下の血管を黒く浮き上がらせながら皮膚を青白く変化させ、不気味にカクカクと全身を震わせながら立ち上がるとパルネに襲い掛かかった。


 その異様な人外を思わせる姿に、他の娘たちは悲鳴を上げて逃げ惑い始めたが、そぐ側にいたパルネだけは、セイドから伸びる腕に髪をからめとられてしまい、片手で羽交い絞めにされててしまった。パルネを掴んではだけた右の二の腕の〝(ゼロ)〟の入れ墨が怪しい光を放っている。


 この一瞬の出来事に後手を取らされたガスパルだったが、すぐさま両刃剣を抜き、身をかがめて抗うパルネと変貌を遂げたセイドへとにじり寄ると、デュオもすぐさまパルネを助けるために駆け寄った。


『どうした小娘よ。死にたいのだろう。直ぐに殺してやろう』


 背後から響き渡るその声だけで、恐怖で身動きできなくなりそうだが、さらに万力のような腕力で体を巻き取られたパルネは、胸を圧迫され呼吸も困難になり声も出せずにぐったりとし始めている。


 その危機を察したデュオは勢いよく飛び掛かると、セイドの腕からパルネを引き離そうとするがびくともしない。さらに悪い事に自分自身も喉元をセイドに掴まれてしまった。セイドの無表情な眼の瞳孔がさらに開いた。


「くっ! やめろマスター! いやセイド! シスターを放せ!」


『ほお、誰だお前は? 威勢のいい奴だ』


「セイド!? 俺が判らねえのかよ?」


『お前など知らぬ。このまま首をひねりつぶしてやろう』


 変貌を遂げたセイドの腕力は驚異的だった。人の力を遥かに超えた握力と共にデュオを持ち上げながらその首を締め上げるのだった。


「げはっ! く、糞が……!」


 必死に抗うデュオだが、足が地を離れてゆき万事休すと思われた。が、しかし三人が絡み合うことで、自分への警戒が薄れている事を察知していたガスパルが、シーフの本領を発揮すると気配を殺してセイドの後方からそっと距離を詰めていたのだ。


 ここぞとばかりに、セイドの脳天めがけてガスパルは剣を振り下ろした。


 バカッ! 刃が頭蓋に食い込む鈍い音と共にガスパルは叫ぶ。


「若造いまじゃ!」

「ええ!? おおお!」


 ガスパルの声に一瞬驚いたデュオだったが、眼前のセイドの頭に鈍い光を放つ剣が後方から目じりを抜け鼻元まで食い込んでいるのがはっきりと見えた。さらにその瞬間にその体から力が抜けて自分やパルネから凶悪な手が離れた。


 この隙をつき、デュオはぐったりとしたパルネを抱き上げて後方へ下がり、無事に奪還を果たす事ができたのだ。


「おい、しっかりしろ! パルネ!」


「……うっ、あなたはデュオ……」


 腕の中にしっかりと抱えたパルネが声かけに反応した事で、ホッとしたデュオだったが、突如、目の間に降って来たガスパルに驚いた。彼は一瞬何事かと理解できなかったが、地面から身を起こすガスパルの先に見えたセイドの姿に、えもいわれぬ恐怖を覚える事となる。


 頭蓋に両刃剣を食らったまま動いている。あり得ぬその姿は地獄から這い出た亡者のようだった。後方から剣を放ったガスパルは、さらに切り付けようとしたが亡者の反撃にその身を掴まれて投げ飛ばされていたのだ。


「おいおい、まさかまだ生きてんのかよ」


「若造……、早く逃げろ。こいつはもう人でない。屍兵カダベルじゃぞ」


「なんだって! 爺さん、屍兵って何だよ!?」


「操られ死なぬ兵じゃ……、首をはねてもまだ動く」


「そんな馬鹿な……」


 一か所に集まってしまったガスパルら三人へ、断ち割られた頭蓋から脳髄をしたたらせながら屍兵と化したセイドが語りかけた。


『ほう、屍兵を知るとはお前らはテラ教徒か。だが弱すぎる、我の相手にもならぬ。さっさと滅ぶが良い』


 そう言い放つと全身から黒い血煙が舞い上がった。セイドの腕の〝(ゼロ)〟に刻まれた真神の呪いが彼の体や精神を支配するだけでなく、体細胞のすべてや血液にまで満ち溢れ、目の前のガスパルらを死に誘う為に拡散して襲う。


 ガスパルは知っていた。それがどれほどの脅威かと。バルジ戦役で戦う中で現れた屍兵の本当の恐怖を知っていた。赤い大鬼(オーガ)の物理的な攻撃よりも厄介な事を。この血煙に触れるだけで体を焼き溶かされてしまう事を。


「ここまでか。すまんみんな……」


 テラ教徒達を守るために戦った歴戦の勇士、『狼のヴィクトール』の二つ名を持つガスパルが、生を諦めた瞬間だった。


 驚愕の姿を呈していたセイドのなれの果てが、眩い光に包まれたのだ!


『ぬう! 何者だ!』


 セイドを操るモノがこの事態に声を上げ、天を見上げると流れる一条の輝きが迫り、夜空を割くように煌めく光の中から、ガスパルやパルネに木霊するように声が頭に響いた。


 それは力強いルナの声だった。


「伏せて! みんな!」


 その声と共に屍兵を包む光が一層明るさを増し、その金色の輝きはその姿を打ち消すように激しく回転を始めた。


「私が滅するからインフィニティは、もう一枚張って!」


「了解だ」


 パルネとデュオがルナの声や目の前の出来事に驚いている。事態が把握できずにあっけにとられていると、ルナとインフィニティの二人が風と共に空より舞い降り、光に包まれた屍兵に対峙した。


 セイドと三人の間へ割り込むように降り立った二人の姿に、ガスパルだけはニヤッと笑う。


 上空から地上に降り立った二人は息を合わせていた。地上に戻るまでの間に力の欠点の修正を振舞い方を考えていたのだ。

 ルナが原初の素粒子(インフィット)を収束して眼前の敵を滅ぼす力を行使し、インフィニティはその周囲に暴威が振り撒かれないように球体と化したそれを包み込む結界を張りめぐらした。


 砦跡への侵入を拒んだ結界をルナの巫女の力を加えて再現したインフィニティの驚くべき適応力だった。インフィットを用いて膜状に張った結界によりさらに煌めく輝き。その中のセイドの体は崩壊し滅されていく。


「さあ、消えなさい! あなたは此処に居てはだめ!」


「そうそう、早く分解されるといいさ」


 ルナとインフィニティが口々にセイドへ訴えかけると、輝きのなかで消えかかる姿より耳に響く断末魔とは違う声が漏れた。




『お前らか、先ほどの事を起こしたのは。わははははは……!』



 キュイ――――――――――ン!



 原初の素粒子(インフィット)が収束しきって音を立てるとその振動がビリビリと伝わりルナの髪を揺らしたが、以前のように周囲の大気を巻き込んで弾け飛ぶ暴威は振り撒かれなかった。成功だ。


「ふう、うまくいったねインフィニティ」


「勿論だとも、私にお任せだよ」


 目の前で消えた敵の姿を見送った二人は、みんなの無事を確認するために振り返りる。その姿はいまだ金色の光の抜けないルナの周りを碧く光るインフィニティがゆっくりと旋回している。暗闇の中でほのかに光るそんな二人に、助かった三人はかける言葉が浮かばずに無言だった。


 だが、自然とルナとパルネの目がお互いを感じ合うかのように見つめ合う。パルネは口元を押さえて胸を突き上げる感情を抑えられず既に涙が溢れていた。


 それはルナも同様だった。ここに至るまで、自分自身では押さえきれない様ざまな感情が激しく沸き上がり、葛藤し、振り回され、苦しみ抜いた上で、やっとの思いが通じて手の届くところにパルネがいるのだ。

 

 感極まったルナは、全身が湧きたつ感情で胸がいっぱいになり、口元までも震えて話す事さえおろそかになり、思うように言葉を紡ぐことが出来なかった。すでに顔も涙でくしゃくしゃだ。


「ううっ……待たせて……ごめん」


 その言葉を聞いたパルネは、よろよろと立ち上がりルナに駆け寄っていく。近づくごとに二人の胸の鼓動は早まり、全身を熱い血が駆け巡りもう何も考えられなくなった。


「ルナ!」「パルネ!」


 二人は互いを強く抱きしめた。

 お互いの温もりを懐かしい匂い感じあう二人。

 感激で涙が溢れて止まらない。


 二人は抱き合ったまま膝が崩れ落ちてしまうがその手は離さない。

 二人が見つめ合うともう我慢ができなかった。


 いつしか、ふたりはそっと頬をふれあい、口づけを交わしていた。


空からルナが舞い戻りやっとパルネと一つになれました。

次回から新展開にご期待ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ