第2話 真神
ディーナ大聖堂の地下深くにある真実の間を訪れた教皇キャバックが、呪文のような言葉を念じると、手を添えていた両開きの扉が『ガシャッ』と錠の外れる音を立てた。その表面には蛇が円の様子を象っており、見るからに禍々しい。約、高さ5ヤート幅3ヤート程の鉄製が軋みを立てながら、手を添えずとも勝手に開いてゆく。
開き終わるのを確認した教皇は、真っ暗な中をしずしずと進みだした。暗闇の中をよく歩けるものだと思うが、彼は肉眼ではなく心の目で前を見ている。先ほどの魔法のように長きに渡って聖職者の頂点に君臨した故の能力か、はたまた真神様と呼ぶ主神の存在からの寵愛によるものなのか。
教皇が率いる聖オリエント教団の神として聖母アドアステラが祭られており、ほとんどの信徒らは聖母を恵みの神として崇めているが、彼や数少ない教団の上層者のごく一部は聖母以外に真神と呼ぶ主神の教義を授けられ、盲目に忠誠の限りを尽くしているのだった。
しばらく闇の中を進んだ教皇キャバックは、杖を置きひざまずくと頭をたれて闇の奥底へと語りかけた。
「我ここに来ませリ。真神様、今宵は何の御用でございましょうか」
彼の言葉に応じて深遠の中から耳元へ木霊するかのように、そして教皇へばりつくかのように野太い声が真実の間に響き渡った。
『……お前に伝えねばならぬ事がある。我の結界を破りし者が現れた』
この言葉に教皇はフードの下の眉をひそめたが、何食わぬ様子で答えた。
「ほう、久しぶりの事にございますな。では、まだ異教の者らが生存しているとのお導きにございましょうか」
『……まず間違いなかろう。先ほど、黒き水晶が壊され”浸食の穢れ”が戻って来たのだからな』
「では、場所はどちらにございますか」
『……サヌバ砦であろう』
「サヌバ……、それはまた古き名で。60年ほど前に滅ぼしたアニマ王国の砦にございますな。今は繁殖地の一つとして使用しておりますが、そこを破る者……まさかテラ教徒の生き残りにそれほどの者がいるとは」
『……異界魔も滅せられたようだ』
「なんと! それは誠に一大事な。まさか異界魔までもとは。では直ちに調べの手配を。……戦を控えたこの時期に、そのような事があるとは誠に遺憾でございます」
『……聖戦の終結は近い、急ぐがよい。まもなくこの地の全ては総べられ祝福される。――邪魔する者には我が裁きを与えん』
「御意」
教皇は言葉を終えると立ち上がり、深遠へ向け一礼をすると振り返り扉を目指した。この真神との会話は、この異世界の青い星の覇権を争っているペルテオ大国を陰で操る教団の真意を現したものだった。
教皇は聖戦終結のために不測の事態の解決を急がねばと歩みを早めた。確か、あの地の担当はモンテ女子修道院グレゴール司祭だったはずだと、その顔を思い出して舌打ちをした。
そんな彼が真実の間を出て行くと、重い扉が閉まった真実の間に声が聞こえる。もちろんそれは”真神ディーナ”だ。その声は神と崇められる存在とは思えぬほど異様なものだった。
『……ふふふ、ははははははは! まさか我を楽しませてくれる者がいるとは! 雑魚とはいえ滅っせたか! 良いぞよいぞ! さあ、もっと楽しませてくれ! わはははははは! ……どれ、ひとつ土産をやろう』
深遠の闇に不気味な笑い声だけが響き渡った。
◇◆◇◆
崩壊した砦跡の側では夜を過ごすために、ウヌムやクララらが集めた木々により火が焚かれている。パチパチと木がはぜる音を立てながら、その周囲をほのかに照らしていた。大くの者たちが焚火を取り囲むように座り、みんな黙り込んでいる。
じっとしゃがみ込み、膝を抱えてうつ向くパルネ。
流石に疲れたのか、胡坐をかき座り込んでしまった傷を負ったガスパル。
腰に手をあて周囲を見渡すマスターセイド。
もくもくと木をくべるウヌムとそれを手伝うクララ。
怯えた表情の消えない救われた娘ら7人と地面に寝そべって動かない身重の二人。
時にして崩壊から一時は過ぎて、静寂を取り戻した樹海の森は、深夜を迎えようとしていた。
パチパチ……。木々の燃える音だけがその場にあったが、足し木をしていたウヌムが口を開き、ガスパルに訊ね始めた。
「爺さんよ、さっき見たあの小さい娘は何者なんだ」
「……なぜ、そのような事を聞く? 若造」
「若造若造と言うなよ。俺はデュオって名前がある。何故かって言われるならただ興味があるだけさ。俺もそこのセイドと同じ学士だからな」
「学士か……。貴様らのやっていた事は後で詳しく聞かせてもらうぞ。いいな、そこのセイドとやら」
「ふう、判っておるが、わしもあの娘の事が知りたい。……あの様は尋常な者ではなかろう。アレはいったい何なのだ? アレの恐ろしい姿をわしは見た。まるで悪鬼のよう……」
セイドの話を聞いていたパルネが、顔をあげるとずかずかとセイドの側に歩みより、怒鳴りだした。その表情は困惑と憤怒に満ちているようだった。
「うるさい! 黙りなさい! ルナの事を言ってるんでしょ、アレってなによ!? 悪鬼って何の事よ!?」
話す内容が、支離滅裂になっているパルネだった。慌ててデュオが立ち上がり側に駆け寄るとそっと肩に手をふれ話しかけた。
「待ちなよシスター。今は体を休ませる事が先だぜ」
「触らないで! あなたもこの人と同じよ。ただ興味があるからって、そんなモノを見るような目であの娘を見ないで」
「ああ、悪かった。そんな意味で聞いた訳じゃねえんだよ。俺ってついそうなっちまうんだよ。目の前に不思議な事が起きると知りたくなる性分なんだ」
パルネはウヌムを振りはらったが、気持ちが収まらずに、座り込んでいるガスパルに向けて話を続けた。
「ガスパルさんあなたなら知ってるわよね。ルナの事は私も知りたい。私がいない間に一体何が起きたの……。それにあんな事が起きてルナはどうなっちゃったの……。聞きたくないけど教えてよ。ルナは笑ってたよね、笑顔の奥にあったその気持ちを、真実を知っていないとダメなのよ。身勝手だけどそうでないと私は自分が許せないし、今のままじゃルナの元へ逝けない……」
「まて、パルネ。物騒な事を口にするんじゃないぞ。ルナはそんな事を望んでおらん。お前を助けるためにずっと心を痛めていたんじゃからな」
「だからよ! あの優しいルナの気持ちを全て受け止めてから私は死にたいの。側にいてやりたいの!」
そう叫んだパルネは、そのままその場にしゃがみ込んでしまった。彼女にとって先ほどの砦跡崩壊でルナがどうなったかを想像をすれば、ルナの死しか考えられず、自分の為に笑って送り出したと言われれば、呵責と後悔の念が募るだけでしかない。
ガスパルはパルネの必死の想いにどうすれば良いものかと考えあぐねている。
……歳を重ねても女の気持ちは本当に難しいものじゃの。頼むから無事でおるんじゃぞルナ……。
つくづくパルネの言葉が身に沁みるガスパルだった。
答えが戻らずにしゃがみ込んだパルネだっだが、目からこぼれる涙を手で拭いながらも言葉を続けた。
「お願いだから……教えて。もう耐えられないの。私はどうなっても……死んでも良かったのに……」
パルネの言葉が途切れると再び沈黙が訪れたが、ビュュウ――ッと一陣の風が吹きつけ、焚火の炎が大きく揺ぎ、周囲の木々の葉もザザザ――ッと大きな音を立て始めた。
皆が風が巻き上げた埃を防ぐために目を覆ったその時だった。
腹に響く野太い声が聞こえたのだ。
『……ならば我が、殺してやろうぞ。皆殺しだ』
不穏な声にパルネが後ろを振り返ると、側で座っていたマスターセイドの目が怪しく光っていた。その場に起きていた全員が、その異様で尋常でない人に非ざるセイドの眼に凍り付いた。
第2章 第二話にて真神の存在を明らかにしましたが、神と崇めらる主神の真意についてはまだこれからの展開をお楽しみください。
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