第48話 憎しみと慈悲
ブクマありがとうございました。またこれで頑張れます!
「あはははははははは! 死ね! 死んじゃえ!」
「嫌だあ――! 止めろ――!」ウヌムは顔を真っ青にして絶叫した。
狂気に囚われたルナが高らかに笑い、ウヌムへ死の宣告をした時だった。言葉と同時にルナの周囲に溢れんばかりの見えない原初の素粒子が集まってゆく。インフィニティと一体化した今、その力を無意識に操ると炎で焼き尽くそうとしていた。その収束に耐えきれず空気が鳴動を始め、その影響でビリビリと石壁すら震え始めた時だった。
――『それでいいのですか』
眼前の憎い敵へ力を行使しようとした直前に、ルナへ語りかける者がいる。
そしてそれはインフィニティではなかった!
「えっ! だれ! 誰なの!」思いもよらぬ声にルナはうろたえてしまった。
――『あなたの魂は望んではいない、無慈悲な死を望んでいない』
「いったい誰よ! うるさい! 私の自由だよ!」
――『思い出しなさい、みんなの愛を』
その言葉が終わるとルナの心へ、いや魂へ言葉の主からのメッセージとも思えるイメージが一気に流れ込んできた。
・その可哀想なお尻を……ふふっ……撫でてあげる。
・生ある限り、嬢ちゃん達をを守らねえと……な。
・やめなさい! パルネにさわらないで!
・ありがとう、こんなことば、あいか……。
・そら、遠慮しないでおくれシスター。
・私もね、守ってあげたい人がいるよ。……助けたい人が。
・ルナ、大丈夫?……。
・なんか、辛いことが有ったのかい?
インフィニティと巡り合い魂で会話をした時以上にルナへ、ルナが感じた優しい人々との交わりやその情景が、回想されるかのように流れ込んで来たのだ。
「やめてよ! 今はそんな場合じゃないのよ!」
・神様……神様、人は救われないのですか。弱き者は、ただただ屍を晒すだけなのですか。神の教えは人を救えないのですか。
・人は、どっちにでもなれるのさ。神にも悪魔にもね。大事なのはルナがどうありたいのかって事だよ。そしていつか選ぶ時が来てまた悩むのさ。
・お前とインフィニティの放つ力は、確かに脅威的じゃ。――でも、それは使い方次第じゃろう。違うかルナ?
ガスパルとイサベラの諭す顔や声すらも浮かんだ。
「やめてってたら! 私の好きにさせてよ! 目の前の奴は許せないのよ」
ルナは耳に手で塞ぎ頭をふった。
・お母さんみたいな、優しい手。僕、嬉しかった。本当に、おねえちゃん……ありがとう……。
いっそう戸惑うルナにスラムで救えなかったあの男の子の顔が浮かんだ。
「うわっわ! 坊や。私が救えなかった小さな子……。どうしてこんなもの見せるの。私に干渉しないでよ! ……お願いだから好きにさせて」
次々と流れ込むイメージにルナの魂は揺さぶられていく。そして再び声が聞こえる。それはルナの狂気を包み込むようにルナに優しくそして厳しく響いた。
――『あなたはテラの子、生と死に愛を繋ぐ娘……心の闇を憎みなさい。慈悲の心を持つ者として』
「あっ、ああああああああ! もうやめてよ――――!」
ルナは叫び声と同時にしゃがみ込んでしまった。心を見知らぬ声にかき乱されて集中をそがれてゆく。
コントロールが途絶え、周囲に集まっていたインフィットがそのままルナの元へ収束して球体と化していた。眩い光球の中にルナ一人が佇むように思えた時、小さな地下の小部屋がルナの金色の光で満たされて、目を開く事さえ困難なほどに煌めき、何もない真っ白な空間かと錯覚するほどに光量が増したが、あっけなく次の瞬時には消えてしまった。風も吹きこんだが、やがて収まっていく。
ゴウウウウゥゥゥゥ――――…………ン……。
「ぅううあああ――、どうして、どうして……」
しゃがみ込んでいたルナはそのまま床に座り込み、手を床に着きうずくまった。体にまとっていた金色の光も薄らぎ、望んだ狂気もインフィットと共に消えたようだ。
そんなルナにインフィニティが通心をしてきた。
……ルナそのまま聞いて欲しいんだ。
……聞きたくない。
……黙って聞いて。僕にも聞こえた声、これは君達の言う所の神様の声かも知れないよ。
……神様だって!? 意味がわからないよ?
……ここに誘われた時に感じたものと一緒なんだ。この命が溢れる星、命を育くんだものは神様なんでしょ?
……星なんて知らない! なんで私に神様の声が聞こえるのよ? どうして私の邪魔をしたの?
……慈悲ってよく判らないけど、ルナが囚われた怒りや憎しみの心を捨てて欲しかったんだよ。
……慈悲なんて言葉……よく判らないよ。こんなに世界は残酷なんだよ……。
風が止み光も消え、ルナの様子は一人の少女に戻っている。部屋の中は、家具が転がりめちゃくちゃになっていたが、ルナに怯えていたウヌムとセイドも、騒ぎが静まったその様子に我に返ったようだ。
「化け物がとまった……。助かったのか……」
「い、今なら……、畜生め、さんざん俺様に酷い事をしやがって!」
ウヌムはこの機会を逃すものかと、震える手で足元に落ちていた鉄斧を再び拾った。その様子を見ていたセイドが声を上げた。
「馬鹿者が! 止めんか! こ奴は普通ではないぞ!」
「うるせえ! 黙って見ていろ! 爺が!」
フラフラと立ち上がったウヌムは、焼けた頭を押さえながら鉄斧を振り上げてルナへ迫る。その様子に気づいていないルナへインフィニティが語りかける。
……ルナ、奴が来たよ、どうするんだい?
……もう、わからない。
……こいつに悔いたり懺悔は無さそうだ。慈悲はいるかい?
……よくわからないってば!
……なら、私が殺る。
……インフィニティ、まさか!?
インフィニティの言葉にルナは驚いて顔をみあげると、間近かにウヌムが駆け寄っていた。
「ヒャハハハハ! 死ね、化け物め! えっ!? あれ!?」
ウヌムがルナへ迫ったその時、インフィットは持てる力を行使した。それはルナの怒りと憎しみを遡かのようだった。
ウヌムの全身が一瞬にしてインフィットに包まれて行く。目に見えぬそれはウヌムの肉体を構成する全ての物質が振動を始めて熱を発していく。
「うあ、くくああああっ! く、苦しああ熱つつッ! ハキャカカカ――!!」
ウヌムは体全てに焼ける痛みを覚えると全身を激しく痙攣させながらエビぞり、想像を絶する苦痛に酷い苦悶の表情と意味不明な言葉を叫んだ。更に温度が上がった。
「グハヒャハハ――――――!」
断末魔の声を上げ全身を痙攣させたウヌム。側にいたセイドはその異様な姿に声を失い呆然と座り込んだままだ。もう思考する事すら出来ずに恐怖した。
……燃え尽きろ。と、ルナの中でインフィニティは無情に言葉を続ける。
死に体のウヌムは、その瞬間に炎は発して火だるまとなり床に倒れた! しかし、まだ止まない! 既に黒焦げとなり変わりきったウヌムの死体は、インフィットの収束がさらに密になり高熱を帯びてあっという間に炭になるまで燃やし尽くされてしまった!
キイ――――――――ン ブンッ!
さらに眩い光球が現れて消し炭を包むと弾けた。音だけを風が残滓のように伝えた時、既にウヌムの姿は消えていた。塵芥よりも小さく分解されて何も残っていない。
捉えた娘らに人体実験という名目で、非道の限りを働いていた狂気の伝者ウヌムは、インフィニティのルナを守りたいという意思によって一瞬にして滅ぼされたのだ。
……これが私の選択だよ。憎しみなどなく、純粋に大切なルナを守りたいから命を奪った。きっと君も選ぶだろうね。今に解かるよ、神様はルナにそう言ったのさ。
そう話しかけたインフィニティ。慈悲の心はまだ理解できてはいなかったが、ルナを愛する自分の気持ちが理解できて嬉しかった。
そして愛するが故に生まれる憎悪も、光と闇が世界にもたらした一つと理解もした。




