表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国異聞  作者: 椎根津彦
邂逅の章
8/116

決意

「三郎様以外に大殿はおらぬ、か。嬉しいが、何ゆえそう思うのだ」

「目線か違うのです。斯波の殿や信行さまとは」

…これからの出来事をしゃべってしまいそうだ、いかん。

抑えなきゃ。どう言えば。


 「城をつくるとき、縄張りしますね。あのお方は縄張りの大きさが桁違いなのです。大きすぎて、他の者には分からんのだと。と若旦那がおっしゃってました。私もそう思います」

…若旦那のせいにしたけど、若旦那だって信長の与党だ。

問題ないだろう。

「倅がそう言ったか」

「はい。それに」


 「信長様は、民の目で物事を見ていると思うのです。だから民百姓、地下人と呼ばれる人とも平気で付き合う。たとえうつけ者と呼ばれても。信長様は嫡男です。黙っていても将来は棟梁なんだし、行儀よくしていた方が得になるのは本人も判っているはず。なのに悪評をうけてまでああいう行動をするのは、何か秘めたるものがあるからではないのですか。人というのは、周りからの罵詈雑言にいつまでも耐えられる程強くありませんよ。かなりの覚悟があっての事だと思います」

「なるほどのう」

正秀は判ったような分からないような顔をしている。


 「ひるがえって信行さまはどうですか。柴田どのなどが言うように、まことに信行さまが織田家の嫡男としての器量があるならば、 自分をそそのかす家臣を叱り飛ばすくらいでなければならないのではないですか。長序の順は守らねば家が乱れる、兄に器量がないと思うならば、お前たちや自分で盛り立てよう、くらい言うのが器量であり、筋というものではありませんか。それを、自分を誉めてくれる大人たちの甘言に乗って、当主の座に座ろうなんて、行儀がよくて折り目正しい人間が、そんな事しますか。信行さまを認めたら、弾正忠家は滅ぶでしょう。滅ばずとも、家の勢いは無くなると思います」

 

俺は一気にまくしたてた。

これには正秀も深くうなずいた。

…水が欲しい。

これくらいならまだ平気だろう。信長・信行を比較検討しているだけだし。


「正直にようも言うたの。得心がいった。

吉兵衛が言うたのじゃ。若旦那はお主をしがらみの無いものゆえ仕えさせたのだと。儂は信友どのか屋形様の間者かと思うておったのじゃが。

ものを覚えておらんでもそれだけ周りが見えるというのは、何やら末恐ろしいの」

親父どのは笑いながらそう言っていたが、最後は目が笑っていなかった。

「いえ、買いかぶりすぎです。言い過ぎました」

「よい。楽しかったわ。またこの城に遊びに来んか。嫌とは言わせん、たまにでよい」

「…は、はあ」


 冗談じゃない。

那古野の次席家老とマンツーマンでお話とか、あまりに怖すぎる。

親父どのは俺をお家騒動の内緒話の相手に指名しているのだ。


しがらみがなくて誰にも迷惑がかからないから友達になりましょうと言われているのに、わざわざしがらみを両手一杯にされ厄介事に巻き込まれるのは御免だ。

「下がってよい。膳を貰うていけ」

メシを食わすのが好きな親父どのだ。

吉兵衛の真似しとくか。

「はっ。馳走有り難く」

頭を下げて、親父どのが部屋を出て行くのを待つ。


…疲れた。



母屋で湯漬けを貰う。

吉兵衛とは違い、新参の俺に食わす膳はないらしい。

初めて湯漬けを食べたが、意外と旨かった。

茶碗の中の麦飯の上に、焼き味噌がのせてある。

焼き味噌の回りには自然薯を細かく刻んだものが敷き詰めてある。

これに湯をかけて食うのだ。

…なんだか贅沢な食べ物だ。

メシに載せるものはいろんなバリエーションがあるのだろうが、これを贅沢だと感じてしまうところに現代人としての俺の味覚的欠陥がある。

やっぱり自然のものは美味しいな。

2杯もおかわりしてしまった。



母屋を出て大手口まで来ると、吉兵衛が待っていてくれた。

「戻られましたか」

「うん」

帰路につく。



「大和さま」

吉兵衛は自分の事を語りはじめた。

毛利吉兵衛実元という。

春日井の地侍で、若い頃から平手正秀に仕えているそうだ。

正秀に子・久秀が生まれると傅役として久秀に仕え、久秀の家のオトナとして今に至っている。

吉兵衛はどちらかと言うと親父どのの意向に沿う様に動くみたいだ。

若旦那もそれは判っているのだろう。


 その毛利吉兵衛に、俺に合力せよ、と若旦那・久秀は命じている。

自分からも親父どのからも目が届く様にして、他に頼る者の無い俺の身を案じてくれているのだ。

そして、友達が欲しいといいつつも、若旦那は自分だけの相談相手が欲しいのだ。


 久秀はいいやつなんだろう。赤の他人に友達になってくれとは中々言えない。

しかし、いいやつは早く死ぬと相場が決まっている。

「俺この戦争が終わったら彼女と結婚するんだ~♪」

などとほざいたら絶対死ぬのと同じ理由で。


いいやつが友達であって欲しいし、いいやつの友達になりたい。

若旦那がいなかったら俺はこの時代でもとっくに死んでいただろう。


…この時代で生き残る為にも、若旦那に恩を返す為にも、目立たない程度に頑張ってみますか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ