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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
27/116

平手中務

「鳴海を落とすなど、兄者は何を考えているのか。まあ鳴海はともかく清洲との戦は特にそうじゃ。周り全て敵ではないか。弾正忠家も終わりじゃ」


末森城の織田信行は怒っていた。

彼とて彼なりに弾正忠家の事は心配している。

が、彼が心配しているのは、清洲の織田信友が、自分をこれからも支援してくれるか、という事だった。

彼が兄・信長を押し退けて弾正忠家を継ぐには、清洲の守護代の支援がなんとしても必要だった。


故実に親しみ、親しむが故に権威や秩序、伝統を重んじる。

信行にとっては室町将軍や、室町将軍の権威によってその地位を保証されている守護や守護代の権威は絶対だった。

そしてその権威を重んじる彼の野望の程度は、自分が弾正忠家の当主になる、という程度のもので、彼自身が守護代や守護になろうとしているのではない。


実力によって守護をとって代わるなどと、痴れ者の夢ぞ。権威の否定、秩序の破壊ではないか。


そう考える信行であるから、彼から見た、兄・信長の行動は疑問であり、かつ危険すぎる程危険で、当然許されるものでは無かった。

兄に従いたくても到底従えるものではなかったのだ。


兄を否定し自分がその地位を望む、という事は、彼にとっては長序の順を守らず、秩序を壊すという事であり、考える事すら忌避したい事柄である。が、


大義親を滅す、という言葉もあるではないか。権威と秩序を守るためには必要なのだ。


と心に決めていた。

周りがどう心を砕こうとも、両者は相容れるものではなかったのである。


「…で、あろうが。中務よ」

問われる平手中務は緊張している。

信長とて全て勝手自儘に事を進める、という訳にはいかない。事の次第は身内に説明しなければならならなかった。…全て事後承諾ではあるが。

その事後承諾のために平手中務は末森城に来ている。


「言われる事は至極ご尤もにござるが、どちらも相手が居らねば無き事にござりまする。

鳴海は、山口教継が寝返り今川に奪われた故に取り返し、松葉深田は清洲方から仕掛けてきた戦にござりまする。どちらも奪われた城を取り返しただけ、若に否はありませぬ」

事後承諾であり、信長の重臣としてはそう言うしかない。無論その通りなのだが、信行はさらにくってかかる。


「他にやりようがあろう、と申しておるのじゃっ。松葉に行くから柴田を貸せ、と云われた時は、清洲と談合するのかと思っておった。

松葉深田と、城を二つも取られたのじゃ。こちらも兵を見せねば話は出来ぬ。そう思うたゆえ柴田を行かせたのよ」

「はっ」

「それを話もせずに攻め掛かった挙句、清洲の重臣を三人も討ち取り、終いには刈田火付の狼藉とは。

例え清洲方に非が有ろうとも、まずは是非を問い、問うた上で非を鳴らし、それで決着付かねば攻めるのが筋であろうが。仮りにも清洲は主家であり同族ぞ」


平手中務にも信行の言う事は理解できる。確かにその通りであろう。しかし弾正忠家の当主・信長の立場からすればそうはいかないのである。

城を取られっぱなしでは内外に面目がたたない。

主家とは云え、同族に城を取られては織田家内部で嘗められる。信長を当主と仰いで着いてきた家臣も離れていくであろう。簒奪を企む者も今以上に出てこよう。


家臣に裏切られ今川に城を取られっぱなしでは、やはりうつけはその程度よ、那古野は切り取り勝手よ、と国の外から嘗められる。濃姫様が居るゆえ大人しくしている、美濃の斎藤道三も動くだろう。那古野どころの話では無くなるのだ。


信行さまは、すぐれたお人だ、と平手中務は思った。が、すぐれておわす故に今の弾正忠家の当主にはなれぬ、とも思う。なったらなったで、今度は守護代に煙たがられ、いずれは殺されるであろう。


守護代・信友は、信行さまを与し易し、と見て裏から煽っている。

信行さまが弾正忠家の当主になれば、守護を傀儡として自ら権を振るう信友を見て、筋を通せと正論を振りかざしその行為を正そうとするだろう。

そうなれば、信行さまは殺される。殺されずとも、当主の座から引きずり下ろされる。秩序・権威・主家大事の信行さまは、心ならずも隠居、または追放。

待っているのは、世を儚んでの憤死、切腹か、野垂れ死にだ。


戦の無き世の弾正忠家の当主ならば、信行さまは、すぐれたお人としてやっていけたろう、と平手中務は思った。


が、今は駄目だ。このお方は弾正忠家の立場が、分かってない。

先代信秀様以来、今川にとっては小癪な敵方、主家の織田大和守信友にとっては目の上の瘤なのだ。

瘤はいつかは切り取られる。

が、三郎信長という瘤であれば、瘤が瘤であろうと足掻くゆえ、どんどん育つ。大きくなった瘤には大出血を恐れて中々手を出せぬであろうが、

勘十郎信行という瘤では、自ら引っ込むか、大きくなろうと足掻いても、小さいまますぐに切られよう。



「いちいち至極ご尤もにござりまする。若には屹度、申し伝えます故、今日のところは平にご容赦を」

平手中務は平伏した。逃げ出すように主殿を後にする。


そうだ。柴田権六と話してみよう。

足はすでに柴田屋敷に向かっていた。







ここが俺の拝領屋敷か。那古野に来たときのねぐら、というわけか。

という事は、こっちにも使用人を置かなきゃいけないのかな。

一人でもいいんだけどなあ。皆がうるさいんだよねぇ。平井信正に、


主は主らしゅうせねばなりませぬ。外面調えて、少しは物腰を仰々しくなさらねば、殿はとても頼うだる人には見えませぬ。殿がそのようでは我等も肩身が狭うござる。


とか言われたもんなあ。

とても人の主には見えない…。

……。

ギャップだよギャップ(^q^)♪

…とか言っても絶対通じないしねえ…。


でも人をたくさん雇わなきゃいけないのは確かだ。鳴海だけでは足りない、那古野で求人かけるか。…人だけじゃない。物もだ。

足軽に貸し与える武具。

馬、鉄砲。

兵糧。

…てか領地貰ってもまだ金がないじゃないか!

城の兵糧蔵に残されていた米、わずかな手金庫の金。

それしかない。


……。

春庵さーん。




「それで、こちらに来られたと」

春庵さんは大笑いしている。

「ようございます。こちらで一切を立て替えましょう」

「い、いいのかい」

担保は鳴海五千貫文か…。チクショウ、乗っ取られた気分だ。

「鳴海を落とされた左兵衛さまの手管を見て、少し賭けてみとうなりました」

「何を賭けるんだい」

「全てを、でございます」


全て…だって!?


「はい。左兵衛さまがどこまで大きくなられるか。わたくしはそれに乗っかって何処までいけるか。このままでも食うには困りませぬが、ただの那古野の小商人で終わってしまいまする。もっと大商いをしてみたいのでございます」

「あの…考え直した方が」

ビビっちゃうよ。…いや、すでにもうビビってます、はい。


「何故でございますか」

春庵さんは笑ったままだ。

「俺、鳴海だよ。すぐに死ぬかもしれないよ」

「それはそれ。わたくしに見る目がなかっただけの事。元の春庵に戻るだけにございます」

「だけどねえ」

「もう覚悟は出来ております。今日より桔梗屋は、鳴海大和家御用達にございます。何なりと」

……知らないぞ。





「珍しき事でござるな。那古野からわざわざ。どうなされたか」

柴田権六は無表情で平手中務を出迎えた。

「いや、末森城の帰りに寄ったまでじゃ。顔を見に寄ったまでじゃ」

薄く微笑して、出された盃に手を伸ばす。

「珍しき事が日に二度あると、やはり三度目もあるものでござるな」

柴田権六はそう言って笑ったが、その笑いはどこか投げやりだった。


「ワシが三度目、ということか。何があったのか、聞いてもようござるかな」

柴田権六は、少し躊躇った様子だったが、話し始めた。

「朝早くから、林どのが来られたのじゃ」

平手中務は盃に酒を注ぐ手を止めた。止めた勢いで徳利の酒が少し溢れる。

「何をしに参られたのであろうか。信行さまは何も言ってはおられなんだが」

林どの、林佐渡守秀貞は、平手中務と同じ那古野詰めのオトナである。

「城には行っておらぬようだった。それがしの所に直に来て、大殿の文句をちらほら言うて帰ったわ」

そういえば平手中務が那古野城を出た時には、林秀貞はまだ出仕してないようだった。


「それが一度目にござるか」

「に、ござる」

「では二度目は」

「城に登ると、勘十郎さまが珍しく遠乗りに出る、と申されての。近習が着いて行こうとすると、一人で行く、と申されて出掛けられた」

「遠乗りが珍しき事、と」

「いや、珍しく、とは言うたが、遠乗りは珍しき事ではござらん。本の虫の勘十郎さまでも、たまには遠乗りはする」

「では」


「勘十郎さまは一人で城を出られたことがない。用心深いお方ゆえ、少ない時でも必ず近習が二人は付く。が、今日は一人じゃった。それがしは今日は非番ゆえ、それを知らなんだ。城に置いてある我が手の者の報せで、先ほど知った」

少し、不安が頭をよぎる。


「確かにそれは珍しい。それが二度目か」

「で、こうやってそれがしと中務どのが向かい合って盃をやっておる。これで三度目」


那古野のオトナが出仕もせずに末森に来て、自分の主の文句をそれほど親しくもない主の弟のオトナに言う。

そしてその主の弟は、普段は絶体にやらぬ一人駆けをやる。弟のオトナには知らせずに。


平手中務は、柴田権六の屋敷に寄った事を少し、後悔し始めていた。

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